第27回 女性の一生を生き尽くす

妊娠、授乳や出産シーンを表現したアート。ルイーズ・ブルジョワの作品展で

お気に入りの木

お気に入りの木は滑り台になったり、ハンモックになったり。エジンバラにある王立ボタニカルガーデン(植物園)は、エジンバラっ子の憩いの場。

お疲れのこころと体を、緑色パワー満タンにしてもらえるので、私たちも年間パスをゲットして週に1度はリチャージに通う。

この夏4歳半になる娘の週末の楽しみは、門の前の駐車場にたいてい留まっている屋台で、イチゴのジェラートを買ってもらうこと。

植物園が近づくと、キョロキョロとバンを探す。

恥ずかしいくらいの大声で

「あっ、来てるよおー!ジェラート買ってえー!」と叫ぶ。

ジェラートって呼ぶんだよね、アイスのことをうちの娘は。

もっと小さい頃に、娘にわからないように、ひっそり冷凍庫からアイスクリームを

出していたことがある。

気づかれないように小声でボソボソと夫に呟く。

ジェラート。。。食べる?

そんなやりとりを地獄耳の娘は聴いていたので、ジェラートと言い始めたのだ。

人懐っこいリス君

ほんとうに人懐っこいリス君とベンチを一緒にシェアできる王立植物園。

いつも園内に入って、まずはその日のキッズイベントをチェックする。

鳥の餌付けにエコ・バッグづくり、いつもいろいろ満載だ。

ショップ、カフェ、イベントホールにアートギャラリーもあるので、ここに来ると半日くらいはあっという間に過ぎていく。

おともだちのリス君に今日もごあいさつ。

おともだちのリス君

今年96歳の世界的アーティスト

この植物園のアートギャラリーで今、こちらの出産ケア関係者の間でひそかに話題になっているのが、ルイーズ・ブルジョワの作品展だ。

彼女はフランス出身のアメリカ人彫刻家として世界的に知られている。

六本木ヒルズに出現した巨大なクモのオブジェをデザインしたおばあさん、と言ったら思い出す読者も多いのではないだろうか?

今年96歳になる彼女の今回の新作が、なぜ、お産関係者の興味をそそるのかというと、

それが。。。

どこまでも生々しく、妊娠、授乳や出産シーンを描き出しているからなのだ。

女性性の源泉を感じる、一連の作品

ルイーズの独白インタビューや、創作風景を切り取ったコラージュのようなドキュメンタリーフィルムも上映されていて、私は作品以上に、彼女その人の生き方に惹きつけられた。

ルイーズは養子を引き取った直後に子どもを授かるという人生の廻り合わせついて語っていた。

険しい表情で、それはけっして平坦な人生ではなかった、と。

ここ数年のルイーズの映像には、母として、妻として、そして娘としての自分を、かたちや主義にとらわれず、あるがままに作品に流し込む彼女がリアルに浮かび上がっていた。

そこに、今回の「NATURE STUDY」と銘打った一連の新作品を産み出す女性性の源泉を感じた。

花になった、産む女性と赤ちゃん

ルイーズ

私が撮った下手な写真で申し訳ないが、見て頂きたい。

この、女体が艶かしく蘭となってしまう出産シーンを!

産む女性と生まれるあかちゃんとのコラボ!

生まれてくる赤ちゃんと、

産みだす女性が、

一輪の花と昇華してしまう不思議な絵に私は涙が溢れてきた。

産む存在と、生まれてくる存在のコラボ。

もうこれしかない!そう思った。

明日のお産をもんもんと考えてばかりいる私にとって、

魂の滋養となる絵たち。

産みゆく姿は、古今東西美しい!

くりかえし、くりかえし描かれる受胎の絵からは、セクシュアリティーというより、植物の交配のようなたんたんとした営みを支える生命力が感じられる。

そこに私は深い安堵感を覚えるのだ。

アートとは、場と一体となって完成していくもの

ところで、アートとは、周囲の環境に大きく影響されることを今回あらためて思った。

やはりアート作品とは。。。

観る人間も含めて、その場に在るすべてのものと一体となって、瞬時に完成しつつある進行形のものなのだ。

一見生々しい出産シーンを描いた彼女の作品から、植物的な静の気配をも受け取ることができた理由は。。。

おそらくギャラリーには私たち以外には人がおらず、

窓からは大木が見え、

さんさんと光が差し込んでいたといったファクターが揃った結果なのだろう。

お産も、まさに、そのようなものだ!と思う。

次回に続く→

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

お読み下さりありがとうございました。

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ちなみに↓文化人類学的に見ても、

一枚布、rebozoは面白いです↓YouTube動画アップしました〜

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第6回 光と影☯️なぜ炎に惹かれるの 

あらためて、日本を離れてから今日までの数カ月間を振り返る。

子どもを介して人々と交わす一期一会のやり取りから、ちょっとしたこと、

でも、同時に、

今の自分にとってはとても大切なことに気づかされることの連続だ。

エジンバラでの日常生活では、電車やバスに乗り込んだり、川沿いや土手を散策していると、話しかけられることがある。

例えば、電車の中でこちらがハラハラするほど娘が騒いでいるのに

『Oh!ゴージャスな娘さん、今いくつになるの?』

と大学生の娘さんに尋ねられ、日本での学生時代の思い出話をすることになったこともある。

芝生の上を娘が子犬のように走り回っていれば、鳩の餌づけをしていたおじいさんに
『今日は寒いけど君たちは暖かそうだから大丈夫だね』と目を細められた。

そのまま一緒に、しばらくの間、言葉の要らない静かな時間をおじいさんと共有したこともある。

存在を認知される安心感

子どもという存在を介して生まれる、世代も性別も言葉すらも超えたやりとりは、子育てする者をふんわり支える力だなあと思う。

私が、引越しやその後の片づけで髪を振り乱しているとはいえ、日本語の通じない外地にあって、育児ストレスをそれほど感ぜずに済んでいるのも、ここスコットランドでの日常生活に散りばめられたさりげない他者との交流のおかげかもしれない。

意味があるのか、ないのか分からないような言葉でも、ほんの一言かけられるだけで、ただそれだけで、‘あなたたち親子がそこにいるのを私は知っていますよ’と、存在を認知された安心感で満たされる。

迷惑なのでは。。。と周囲の大人たちの顔色を伺っていた日本での子育てとはずいぶん違う。

‘子どもは天使—’少しおおげさかもしれないけれど日本を離れて以来、そんなことを折に触れて、何とはなしに肌で感じている今日このごろ、スコットランドの空はどこまでも高い。

そして、昨晩は、この国で迎える初めての夏至だった。

ドルイトの時代からメンヒルを囲んで祈り、未来を占っていたsummer solstice。

ケルトの影響もあって、エジンバラでは裸祭のような物凄いお祭りがカールトンヒルという丘の上で一晩中開催される。

私も娘をスリングに入れて冷やかしに行ったが、夜中の12時からスタートで、

全員が裸かトップレス。体には塗料や泥を塗り込んで非常にエロティックだった。

松明の明かりだけで、炙り出された皮膚に艶かしく髪の毛がかかり、白い腕や丸いお尻がぶるぶると揺れ、雄叫びや、ドラムの音色に激しく高揚しながら男女が聖なる空間をつくり、浄化していく。

観ているだけで、こちらまでカラダがくねり出したくなるような、性欲を掻き立てるとんでもないお祭りであった。

娘がぐっすり眠っているのに、母の私ときたらDNAが騒ぎ出し、結局数時間身動ぎもせず立ち見をした。

日本でも男根祭りは各地にあるが、性をあからさまにして尊ぶ儀式は真理をはらみ、共通点も多い。

結局、この宇宙は陰と陽。

男と女

光と影

今はアセンションの時代なのだなあ。。。

私はなぜかカラダに抜けていったエネルギーを感じながら、このお祭りに自分が呼ばれた訳が分かった気がする。

娘がいなかったら、自分も裸になって仲間入りしたいくらいだった!

深夜の12時過ぎにようやく空が暗くなって、午前2時ごろには早々と白み始めるスコットランドでの生活に、今の私ほど救われている人間はいないと思う。

夜9時でもこんな明るさ(写真)だから、1日が長く、思いっきり満喫できるのだ。

つい先日も、長い時間と労力をかけてあたためてきた仕事が見事ポシャってしまったというのに、この空のおかげで、気持ちはこんなにも穏やかなままなのが自分でも不思議なくらいだ。

失敗があるということは、成功を見極められる。

何度でも転んで、何度でも、そこから学べる。

この人生は、素敵なゲーム。

泣く自分も、激しく怒る自分も、笑顔の自分も、エロい自分も、わがままな自分も、観音のような自分も、みんなみんな自分であって、良い。

女神イナンナだって、その影の姿を持っていた。

イザナミだって、アルテミスだって。。。

女はそういう得体の知れないもの。

未知の顔を持つ生き物。

白夜のおかげで、私は白蛇のようにぬらぬらと目覚め続け、娘を寝かしつけた後も、たっぷりと時間がある(ように感じられる)ことから、ずっと読みたかった本を読んだり、長いこと聞いていなかったCDを最初から最後まで聴きなおせたり、いろんなことを徒然にまとめたり、考えられる余裕がある。

日本で活動していた時のこと。。。

待っていてくれる家族や大切なともだちのこと。。。

これからのこと。。。

明るい太陽のしたでは思い耽ることのないような人生の事ごとが、窓越しに差し込む薄明かりのもとでは、綿菓子のようにふんわかと、心に浮かんでは溶けていく。

そうやって、居心地のよい時がしばし流れてから、そっと娘の寝顔を見下ろすと、たまたま生かされていることの不思議をしみじみと想う。

『どんな存在にも、生まれてきた目的がある』

雲は、真夜中でも太陽の光がないだけで、刻一刻と動きを止めず流れていると肌で分かったり。

暗闇があるからこそ星が瞬いていたことにあらためて気づいてハッとしたり。

そんな当たり前過ぎることに驚いてしまう自分に、また驚いたりする(馬鹿か)。

自宅前の公園に夜10時くらいに出没したリス(写真)を目で追いながら、白々とした白夜の光は、現実を万華鏡さながら、くるくると円を描くように変容させながら映し出してくれるものなのだ。

こうして、静かに過ぎていく『今』にも、

また、

結果的には報われなくても、

自分なりに向きあった『過去』にも、

どれにも大切な意味があると、こころから思える今宵。

いつまでも私を包んでくれるやわらかい光以外に、

私はいったい何に感謝すればいいのだろう。

『どんな人にも、生まれてきた目的がある。人生で起きるすべてのことは偶然にみえるけど、すべては必要があって起きている。そして誰もが、自分自身の人生のストーリーをあらかじめ書き終えてからこの世に生まれてきている』

今の時期に地球のこの位置に自分が在るのも、目的あってのことなのだ。

このブログを読んでいる貴方にも、とんでもない目的があって、今のここに生かされている。パラレルに体験している人生では全員が主軸。

主役である。

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お読み下さりありがとうございました。エジンバラに住んでいた10年以上昔のブログを復刻させたものですが、ひょっとして子育て中の方の参考になるかもしれない?と思いました♪

ノマドなドゥーラが運営するノマドゥーラ ウェルネスで

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メタモルフォーゼしていた

昨日オーガズミックランドスケープのリラックストークtime(オンライン)にご参加下さった皆さま有難うございました。海を隔て感じることが叶い毎回のことながら本当に嬉しかったです。

それにしても、女性のストーリーたちはあまりにも尊く、サナギの中のメタモルフォーゼ中のどろどろ感に満ち美しく、なんて素敵なのでしょう。シェアに感謝しています。

皆様からご感想を頂いた中で、参加者のお一人ドゥーラの小川溶子さんから以下のメッセージを頂きました。ご本人に了承を得てこちらに載せさせて頂きます。

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以下、小川さんの文章


「あきこさんこんにちは!昨日はZOOMでお会いでき、うれしかったです。 昨日のお話は、最近、(同じくドゥーラの)水田かえちゃんと話していたことと重なるところがおおきく、共感しながら拝聴しておりました。 私は自分の出産体験がとてもよくて、こうしたらよかったああしたらよかったと後悔することがほとんどありません。 産婦人科での出産でしたが、院内助産に近く、先生は最後に赤ちゃんがでてくるときだけ登場という感じ、会陰切開なし、二人目三人目は剃毛も浣腸もなし、もちろん陣痛促進剤も使わず、陣痛がついてからも廊下を歩いたり、階段をのぼりおりしての出産でした。 最近は、妊娠出産で自分の体がどういう状況なのか、とか、出産のときにどう使うとか、出産後は赤ちゃんがどんな顔(表情)をしているかということをからだ全体で受け止めるということがとても希薄になっていることを感じています。 妊娠出産は、人にまかせるものでなく、育児も、数値や月齢はあくまで目安であるということをもっと体感してほしいというのが最近思うところです。 うまく言えませんが、あきこさんの、どろどろしたもの、ということは、そういうことかなと思いました。 自分の出産経験がよかったからといって、それを話すことは憚れるような気持ちになることもあるのですが、よかったと思う出産経験について、もっともっと話していってもいいのかなと思いました。 うまくまとまったことが書けませんが、どうしてもお伝えしたいことでしたのでお送りさせていただきました。 また次回を楽しみにしております!」
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小川さんメッセージを有難うございました!

小川さんは、同じようなことをたまたまお仲間のドゥーラ同士で語り合っていたということですから、やっぱり女性を敬うケアをしている女性同士、時空を超えてつながっていますね(こんなデータもありますよ〜)。

『妊娠出産は、人にまかせるものでなく、育児も、数値や月齢はあくまで目安であるということをもっと体感してほしいというのが最近思うところです。 うまく言えませんが、あきこさんの、どろどろしたもの、ということは、そういうことかなと思いました』


さて、上記の、私が昨日のお話の中で「どろどろ」と言ったのは、個体と液体の中間のようなどろどろとした状態を意味していました。説明をあまりしないで使った擬態語でしたね、失礼^_^

日頃私たちは外側を小綺麗にして、何食わ〜ぬ顔して生きています。

でも、うん◯が出るのも、フケが出るのも、口内に唾液が出るのも、みんな大事な働きであり、特に分泌や排泄はとても重要な再生と解毒のサイクルです。

でもそれらを尊ぶどころか、私たちは汚いものとして扱ってしまう向きがある。

しかもテクノロジーがさらに追随をかけるように(例えば自分の尿の色や便を見たくても、自動でフラッシュされるトイレでは確認する前にあっという間に流れていってしまいます)、自分から出ていくものをよく観察する間もないようなライフスタイル。

With Covid19のライフスタイルでは、人体への得体の知れなさ、薄気味悪さ、汚さが増してしまったという方も多いかと思います。

他者との距離感が私たちの中で今までになく強固に線引きされ、さらには心身ともにせわしなくて、煩わしくて、感覚的には気味が悪くて、汚くて、そんなこんなで自分のカラダに対する関心を失っていらっしゃる方も多いようです。

特に女性器!なかなか膣と向き合わないから、おりものや匂いだけでなく、感覚にも無頓着な女性も増えています。

私のところにいらっしゃる方の中には、自分の膣の中の感覚がわからないと心配になって来られる方もけっこういるのです。

「早く赤ちゃんを授かりたい!妊活中なのに、相手の男◯を受け入れても、実際に入っているのか分からない。。。」

そんな、内側の感覚の無いという方々は必死です。膣まわりの無感覚なことが原因で妊娠できないのでは?と責めてしまわれるからです。

焦って感じようとすればするほど頭が優先になってしまいご自身をますます追い込んでしまいます。

悪循環なのですよね…感じないことは全然悪くないのですから、まずは責めたりすることだけは辞めて欲しいなって思うんです。

相談に乗らせて頂く際に、『思考しているうちは頑張り甲斐が目減りしちゃうよ〜』と伝えています。

思考は止められないもの、でも、芋虫が蝶になるときに、当たり前ですが考えていませんよね。

人間は芋虫じゃない。

ただこれまでに何回か、瞑想の中で、芋虫からさなぎ、そして蝶になるイメージをしていったことがあります。

単に瞑想の中とはいえ、とてもリアリティーがありました。

その時、次のステージに移れないときに限って、カラダのどこかに力が入っていました。

ところが、あることをしてふっと緩むと、ちろちろとオーロラの揺らぐような、軽いめまいに似た感覚がかすかにあって、その瞬間からどんどん次のステージへと変態していく感覚がありました。

あること、とはいつかまた順に書いていきますね。

とにかく、生きているだけで、自然に力が入ってしまっているのですよ現代人って。


だから意識して緩むって大事だなと本当に思っています。

弛緩できていると、あるがままに自分のカラダがどろどろに溶けていくんだと思うんです。

それから、そのメタモルフォーゼのプロセスが始まる時には、芋虫は芋虫なりにカラダの「うずき」があるのではないかな〜と。

疼(うず)きについては、芋虫の感覚を追体験しているような妙にリアルな感覚になったこともあります。

こればっかりは芋虫になってみないと分かりませんが、女性の変容も似ていると感じるんです。

「疼(うず)き」って本当に微細な感覚だから、それに気づけるか、気づけないかで、始まりからして入口が変わってくるから、出口までまったく変わってきてしまう。

その繊細な気配である疼きをもし私たちが、しっかりと感じられたら。。。

そして、ただただ呼吸しているだけのカラダを感じられたら。。。すごいことになりそうな気がしませんか。

シンプルに呼吸しているだけの状態(例えば瞑想)を1日のうちに意識的に味わっていくことで、自分の中の微細な感覚に気づける資質は確実に磨いていけます。

それって、つまり、直感磨きですよね。

「瞑想」って、言葉にすると大袈裟です。

けれど、簡単なもの。そして、瞑想とは直感磨きである以前に、自分がアメーバーのようにいったん解けて、どろどろになれてしまう「快」の境地です。

その感覚は、いつも膣まわりや丹田まわりからおとずれます。当然のことです。そのあたりこそが生命エネルギーを司っているからです。

「オーガズミックな地平」とよく言っておりますが、膣の奥には信じられないような個を超えた奇跡の「間」があります。

大袈裟ではなく、私たちが私たちであれるための経典の埋蔵されている空間だと私はこれまでに知ってきました。

妊活で満ちたりて、健やかにお産をしていく鍵も、しあわせな子育ても、心地よい閉経前後5年間と言われるトータル10年の移行期間もその後も、すべてそのあたりに関わってきます。

どれだけEBM(医学的根拠)ばかりが求められる時代にあっても、私たちは、この内側の感覚(直感)だけは忘れてはならないと思います。

もし、いくらリラックスをしても感じられないという方は、しっかり向き合って、思い出していく努力をすることが大切なのですね。

自分の内側にすべてがあらかじめ書き込まれている。

女性の器のこと、ココロとカラダの癖も。

それらが日々の少しの誘導で確実に変えていけるということも。

これは個人セラピーのクリスタルチャクラバランシング (オンライン)を受けられる方にはいつもお伝えしていることですが、呼吸に気づき、自分の内側と深くつながったと本人の感じられる状態で緩んでいくことが、一体どれほどのパワーをもたらしてくれるか私たちは知らなさすぎると思ったので、小川さんに注目して頂いた「どろどろ」というキーワードから今日は書いてみました。

じゃじゃ馬コロナ姫が鎮まりかけたかに見えるこの時期、今一度お一人お一人がご自身に向き合って、ただ呼吸する生命体になって、そのどろどろ感を味わってみて頂けたらと思います。

そこに至るためのツールの数を一つでも増やしたいと思い、私も知識を駆使しながらクライアントさんから日々私も学ばせて頂いています。

あらためて、女性にとって一番の「快」へのメタモルフォーゼは、妊娠・出産・子育てですよね(こちらのデータも参照に!)。まさにその渦中にあるという方はぜひ呼吸を見つめ直すところから意識してみてください。

お読みくださり有難うございました!

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「毎日新聞インタラクティブ」に連載した私の妊娠ダイアリーです。登場する赤ちゃんは今や大学受験を控える女子高校生で私の長年の活動に心から賛同してくれています〜。しかも動画編集やサムネイル作りなど、学業の合間にささっとこなしてくれています😭。
コロナの影響で思わぬ状況で出産する方がいらっしゃるかもしれませんので、音声で復刻版を公開することにしました。ひょっとしたら響く方には、今でも様々な発見があるのではと思います。

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