第23回 卒業が再スタート

ブログが飛び飛びで申し訳ないけれど、
おかげさまで
修士論文が通って、
こんな私でも卒業式に出られた〜(涙)。

過去の成績が悪くても、

めげずに、

諦めずに、

チャンスを無理矢理自分からつかみ取りにいって、

嬉々として勉強したのは。。。

自分のお産の体験を通して目覚めた、医療文化人類学の世界だった。

大切な日となった、卒業式

卒業式

卒業式の朝は気温が前日よりぐっと低く、小雨が降っていた。

学生証と引き換えに貸し出されるダウンがとても地厚だから、少し肌寒いくらいがありがたい。

進化論のダーウィンを記念して建てられた講堂へ。

マイクで私の名前が読み上げられ、立ち上がると、

娘が

‘おかあさあ~ん!!!’

と叫んだ。

思わず私も‘ハーイ!’と手を振ってしまった。

その瞬間を夫がパシャリ。

2008年がはじまり、ひと月余りが過ぎた今でも、クラスメートと握手やハグを交わしながら、人生にまたひとつ大切な日が加わった喜びを噛み締めている。

‘ここはあくまで私のスタート地点’と式後に気持ちが引き締まった。

学位をとったからといって動かなければ何〜んにも変わらない。

今この瞬間も、自分らしいペース、あり方で産みたかったのに、それが周囲の理解や状況などで不納得感を感じている女性たちがいるかも知れないことを思うと。。。

今の私に何ができるだろう、、、と気持ちがはやる。

南チロル

卒業式後、北イタリアのフォルガリアへスキーに行きました。“白雪姫”という名前のお食事がとても美味しいゲレンデ前の山小屋風のお宿に宿泊させて頂きました。温暖化の影響で、南チロル地方も以前より雪が積もらなくなったそうです

産みゆく女性と赤ちゃんのために

産みゆく女性たちのために、そしてこの地球に生まれてくる赤ちゃんのために、その後の女性の心のカラダのために、どう具体的に動けばエンパワーメントにつながるのだろう。。。

日本の産科医療の抱える厳しい現実を受けとめつつ、医療人類学で学んだことをこの先どのように社会にお返ししていくのか、今も考え続けているところだ。

ティータイムを通して、こころのひもをほどく

一方、ここエジンバラで‘らくだのおやこ’というネーミングのお母さん向けサロンをはじめて1年以上が経った。

子連れでも個人宅であれば気負いなく通える。

ゆったりとしたティータイムを通して、外国暮らしでなにかと負担の大きいお母さんに、少しでもこころのひもをほどいてもらいたい。。。

そんな想いで月に2回自宅を解放して続けてきた。

我が家はアイランド式の大きなキッチンがあったので、ほとんどず〜っとキッチンが会場だった(笑)。

誰もソファーに座らない(笑)。

みんなフローリングの床に座ったり、目の前のプライベートガーデンで思いっきり遊ばせたり。。。

室内では、一緒にミツロウや紙粘土を練ったりと簡単な工作や絵本を読み聞かせ、ヴィーガンケーキ作りやお餅づくり、折り紙、紙芝居、寿司作りばかりではなく、お母さんの未来を共にマッピングしていくセッションや、クリスタルを使ったセラピーも。

貝殻セラピストでもあるハープ奏者のミオさんの演奏を聴いたり、時には彼女と組んで詩の朗読もしてきた。

もちろん、ナチュラルバースをみんなに伝えたかった。

自宅の子育てサロンで開催しても良かったのだが、そちらは、子育てサロンとは別に、もっと専門的に内容を掘り下げて、BRC(エジンバラのバース・リソース・センター、現在のPPC)にて、不定期に開催している。

‘産前・産後のこころを癒す、からだに聴く’というタイトルで、これまで学んできたことと、AIMS(お産における医療消費者センターのような組織)の創始者の一人でもありBRCの総責任者であったエドワーズ博士から、じきじきに教わっていることをベースに、異国で産みゆく日本人女性に知っておいてもらいたいこと、用意しておくといいことなどを、毎回ぎゅっと凝縮してお届けしているものだ。

クラスできちんと伝えるには事前の勉強が必須で、自分にとってもためになっている。

テーマは「こころを癒す、からだに聴く」

夜のエジンバラ

夜のエジンバラ。坂道を下っていると、タイムスリップしたような、

懐かしいような、とても不思議な気分になります

集まって、ひとつのことをシェアいていく自空間が必要

それにしてもあらためて思うのは、ネット上のヴァーチャルなつながりだけでなく、産みゆく女性たちが集まり、笑い、声のトーンをお互いに聞き分けながら、何かひとつのことをシェアしていく時空間は、とても大切だなぁということだ。

エジンバラ版、わいわいがやがや井戸端会議みたいなものをこれからもみんなと一緒に創っていけたらうれしいなあ。

アップル・トフィー

大学院のクラスメート、ケイトさん(ニュージランド)が、モスコバド糖を使いこうばしい香りのりんご飴‘アップル・トフィー’をつくってくれました♪ 

安産には、こころとからだの準備が必要

さて、ドゥーラ(産婦とその家族を支援する女性。イギリスで資格を取得しました)としても一歩一歩経験を積んでいるところだ。

現地の助産師さんとともに実際の出産に立ち会うことが少しずつ増え、ますますお産とは未知のもの、奥深いものだと痛感するようになった。

からだの準備だけでなく、こころの準備が安産には何よりも大切になってくる。

精神と肉体、その両方がバランスよくゆるむ方向へ導かれていくような妊娠期の過ごし方こそが、いいお産への鍵となるのだ。

ドゥーラという存在

シュタイナースクールの学園祭

シュタイナースクールの学園祭でも、手づくりのりんご飴を発見!

こちらもとてもナチュラルな味で美味しかったです。

そのなかで、ドゥーラという存在には、産む本人にあった産み方探しと、実践的なエクササイズや暮らし方そのものをご本人が自分の力で見つけていくお手伝いをする役目がある。

さらには、相手と上下関係をつくらず、直接の出産、産後までをも見守る‘ちょっと頼れるとなりのおばちゃん’的役割もある。

このようなドゥーラの存在によって、帝王切開率が低下したり、産後うつにかかりにくくなる。

そういったデータを総称して、「Doula Effects」、ドゥーラ効果という。

次回は、私のメンター、ニコラのことを書こう。


続く→

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お読み下さりありがとうございました。

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第19回 助産師さんもっといけー!

幼い子どもを連れてやってきたスコットランド。

思いもかけず、大学院生となり真剣に学問する学生たちに混じり、しのいでいる。

ジャパニーズ・ママ院生、気合を入れるために髪を思いっきりショートカットにした。

情けないほど自分にかける時間がない。

髪を洗う時間が惜しいからだ。

今は子育てと学ぶことに必死~

でも、1学期を終えてみて驚いたのは、昔大学で勉強したことが何一つ無駄ではなかったということだ。

医療人類学といっても、社会学、人類学も学ばなければならないので、当然マルクスのおさらいもするし、哲学にも触れる。

再びニーチェやフロイトを読むことになる。

理論の授業でミルチャ・エリアーデまで出てきたときは、本当にびっくりした。

宗教学者エリアーデの神秘哲学というか、「一瞬の中の永劫」という時間への捉え方の当時としての不思議さを思って、学生時代に面白く読んだのだ。

なーんだ、人生みーんな意味があるんだ。

そうあらためて実感した。

母乳育児が政権によって変化?

エジンバラ大学の医療人類学での『癒しと健康』という名の一学期の必須科目では、母乳育児がいかに、時代の政権によって、変化を受けるものかについてディベートをした。

私は英語がまだ上手く話せないので、ひたすら聞き手に徹するだけだが、学生同士のやりとりはなかなか面白い。

さすがに女性軍は盛り上がり、テンポよく発言していても、男子学生は会陰切開という単語すら知らない人も多い。

しかし、戸惑いながらも、まっすぐな目線で質問し続けていた男子学生たちの多かったことが新鮮だ。

教授も、鋭い指摘にたじたじ

もうひとつの『健康と病理への社会学的アプローチ』のクラスでは、クラスメートのドイツ人の助産師さんや、スコットランド人の看護婦さんが、ものすごい迫力で授業をリードしていた。

教授ですら、彼女たちのお産に関する鋭い指摘にはたじたじだ。

私は内心、「もっと語ってくれ〜!!!」と助産師や看護師の彼女たちに向けて拍手喝采をしていた。

それにしても。。。

今年の1月には、スコットランドに住むことも、ましてや勉強を再開することも、夢のなかにも思わなかった。

それが12月には1学期の授業をすでに終えているだなんて、人生ってほんとうに不思議だらけだ。

知りたいことは、妊娠を通して見つかった

もちろん今の私は、駆け出しもいいところで、偉そうなことは何ひとつ言える立場ではない。

けれど、もしかすると、自分の知りたいことさえ分かれば、紆余曲折はあっても、道とは自然とつながっていくものなのかもしれない。

私の場合、知りたいことは、妊娠〜出産〜子育てを通して見つかった。

つまり、娘が教えてくれたようなものだ。

だからこそ、娘のためにも今学べることをしっかり学んでおきたいと思う。

この1年、本当にいろいろと考えさせられることが多かったけれど。。。

だって、日本を離れるのが辛かったから。

でも表向きには挫折のようで、実は未来への確かな一歩になってくれていたりと、見方によって目の前の出来事はいくらでも変容する。

一見華やかな出来事が、虚しく感じられることもあったり。

そして、

それらすべてのことには意味があったのだ

そう、やっぱり私には思えてくる。

さあ!

肩の力を抜いて、

大きく深呼吸して、

これからも自分を信じてゆったりマイペースで進もうっっと。

♪メリークリスマス & ア・ハッピー・ニューイヤー♪

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お読み下さりありがとうございました。

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第7回 ココロの耳:北国で、予感

今回のエジンバラ生活には、私の人生にとって、とても重要な何かが控えている『予感』がする。

それは、かすかに響く耳鳴りのように、この国に住むことが決まって以来、どこかでずっと感じていた懐かしい感覚。

言いようのない感謝の気持ちに満たされて夏至も越えた今、それは自分の中の天が伝えている予言という言葉にしてしまっても大丈夫なくらい、自分のなかで確かなものとなりつつある。

人生は、自分のこころの声にシンプルに従っていればいいのかもしれない。

そうやって、ココロの耳を澄まして、その内なる声だけを濾して、自分が、こころの底からほんとうにしたいと思うことだけをしていくだけで、ほんとうは、いいのだ。


私は今までヘンに片意地を張ってがんばり過ぎていたところがあったかもしれない。

自分の本当にしたいことって、なんなんだろう。


日本を発って、まだ雪のちらつくエジンバラ入りし、ホテル滞在をへて、住む家を見つけ、生活も少しずつ落ち着いてきた今、ようやくそれを探すこころの旅に出るころなのかもしれない。

どうしても行きたい場所

白夜(ホワイトナイツ)は本当に一晩中明るい。

それでも、一番暗い時間帯はAM1時半くらい。

その時間帯には月が見える。

美しい。。。

あまりにも神々しい。。。

せっかくスコットランドに住んでいるのだから、ピンと感じるものがあれば、もっと迷わずにこれからはどんどん試してみようかなと月に話す。

私の中にあらかじめ備わっている感じる力を高めるためにも、自然との一番身近な架け橋である木々や草花とたっぷりふれあいたい。

娘を先生にして、無心に遊んでいるうちに、なにか見えてくるかもしれない。

そんな自分との対話が月を愛でていると浮かんでは消えていく。

そのうちに時間をつくって、いくつかの場所に行ってみようとも思いたつ。


自分がどうしても行きたかった場所がこの国にはいくつかあるのだ。

そのひとつ、北極に限りなく近いオークニー諸島には、思い立ったが吉日とばかりにさっそくこの週末に行くことにした。

2歳の娘を連れてどこまでまわれるか分らないが、オークニー諸島の島々にある、紀元前2500年から2000年の間に建てられたと考えられているストーンサークルや、新石器時代の集落跡、墳墓などを気ままに訪れてみたい。

子連れで、最果ての島めぐり。

どうなることか。

オークニー諸島へ行く飛行機は小型で、機内で病人が出たりで、乗り継ぎも大変で、近いようで結構大変だった。

以前、イースター島やガラパゴス諸島を訪れたが、その時の感覚に似ている。

地図で見ると一見近いようで、やっかいな処。

到着してドッと疲れがでた。ホテルは海沿いで、海に面した公園には娘が遊ぶのにちょうど良い滑り台があった。

それにしても、寒い!

風が信じがたい強さだ!

イギリスの南極探検隊を率いたアーネスト・シャクルトンの映画(ナショナル ジオグラフィック)で氷壁を乗り越えて生き延びる隊員たちの実話に感動して嗚咽するほど泣いたが、あの映画で私が擬似体験したシェットランド地方の氷のような風を感じる。

あ、ちょっと大袈裟だった。

だってシェットランドはさらにもっとずっとずっと北だから。

でも超さむがりの私は、本当に風に弱いのだ。

どうやってこのオークニー諸島の人々は生きているのだろう?

「ゲド戦記」のクライマックスに出てくるような、アーシュラ・K・ル=グウィンの描きたかった最果ての地がここではないか、そう思えるような断崖絶壁。

恐ろしい海風。

漠々と広がる空。

ここまで書いておきながら、

私は、この風の中で、

血が騒ぐ。

そして、翌日訪れた先史時代の遺跡(世界遺産)、スカラブラエにて、私は幻視を体験する。

娘をスリングに入れて遺跡群を歩き回っていたら、急に視界がさあ〜っと開けて、すっかり温かい小春日和のようになって、そこに大昔の家族が住んでいる様子がありありと視えたのだ。

男たちが採れた魚を囲んで何か話している。その後、それらを村の女たちの一人(私)が受け取って、一緒にキレイな白い貝も、ある男性から受け取る。

少し歩いて穴蔵のような半地下の居住空間に戻り、子どもにそれを与えている。

満ち足りてとっても幸せな私。

それが鮮明に感じられた。

幸福感。

先史時代からの、幸せな気持ち。

私たち女が頼りにしてきた産みつなぐ喜び。

なんだか言葉にできない充足感を感じた。

なーんだ。

やっぱりそうだったか。

先史時代の女たちも幸せだったよ。

今よりずっと幸せだったかも知れない。

その女の子宮と私の子宮がダイレクトに繋がる。

古い場所に行くと、意識の磁場がプラグインされて、いきなり時間旅行に飛ぶ。

彼女は、私。

今は過去。

過去は未来。

パラレルに時々刻々と成っていくこの世界。

私は、とんでもない時間と時間の合間に来てしまった。

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お読み下さりありがとうございました。

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