第15回 試験と時空間のお助け

ワンチャンスのIELTSの試験日、いつもと全く変わらない自分を装って、娘にピンク色のカーディガンを羽織らせてナーサリーへ。

預ける間際、いつもの通りに抱きしめたら、ぎゅ〜っと強く抱きしめてきた。

うおおお〜〜〜元気でる〜〜〜

いきなりの外国暮らしでも、子供の方がやっぱり順応性があって、娘はいきなり週3回のナーサリー生活(英語学校が週3回だったので)でも、一体誰に似たのかと思うほど愛嬌を振りまいて保育士さん達に可愛がられていた。

預ける時は、じゃあね〜と抱きしめたくても、さ〜っとおままごとの方へ行ってしまうので、まともに抱っこできなかったから、抱きしめられて母親の方が嬉しくなる。

母、頑張ってくる〜!!!!!

スプリングコートの襟を立て、足早に同じ道の端にある英会話学校まで行く。

そして、試験が始まるまでの一時間ほどはスピーキングテストの時事問題用に朝のニュースを読んだり、これまでに間違えた英単語を見返して過ごした。

自動販売機でホットココアを買うが、指先が緊張で震えてきてお腹が痛い。

痛いんだよっ!

情けないな〜もう。

と落ち込んでいたら、韓国人学生の女の子が、大丈夫?頑張ろうね!と声をかけてくれた。

私よりもずっと若いのに、堂々としていて偉いなあと思ったし、ありがたいというか、ただもう、この子が良い点数を取れますように、、、と願っていた。

願うことで、かなり緊張が溶けて楽になった。

自分のことでいっぱいいっぱいになっているより、誰かのために願う方がずっといいや!とこんな状況の中であらためて実感した。

余談だが、この英会話学校にはアジア人の学生が8割くらいと多く、中でも韓国人が多かった。

その彼女もすごく英語が上手で、韓国の英語教育や受験戦争がしのばれた。

リスニング、リーディング、ライティング、スピーキングと4種類の試験が全部終わるのに4時間ほどかかる。

こんな始まりで、4時間後の私はどうなっているのか、、、と思ったが、始まってしまうと、通常のクラスで使っている教室なのが幸いして、不思議なくらい気持ちが落ち着きを取り戻し、いつものクラスと同じ感覚で試験を受けられた。

空間の持つ力というか、アドバンテージとなってみて、あらためて時空間の大きさを思い知らされた。

これはお産にも似ていると思う。自分の住み慣れた空間。いつもの匂い、いつもの天井、いつもの壁。そのスペースの力を借りて、自分の力をマックスに発揮できたと思う。

思った。

だが、

結果は、

果たして、、、6.0であった。

あああああ付け焼き刃ではやはりダメだったか〜。

と落ち込むが、ダメ元で、大学院の教務課に直談判しに行くことにした。

自宅からバスで1回乗り換えて、歩きも含めてトータル30分ほどの場所にあるエジンバラ大学大学院。

事務の女性はとても優しかった。

推薦状のコピーや願書のコピーなども全て見た後で、

「そうなのね。6.0は惜しかったわね。

新学期が始まってしまうけれど、次のIELTSの試験日はいつ?」

私が日にちを答えると、

「あら、そう。2週間ほど締め切り日を過ぎてしまうけれど、待ちますよ。6.0取れているなら、見通しが明るいから、10月頭までなら多めにみます」

と言ってくれたのだ。

良かった〜!!!!

行ってみて良かった〜!!!!

その場で、とりあえず入学が決まっのだ。

諦めないで、ドアは自分から叩きに行かなくてはダメだな、と思った。

後からわかったことだが、私のような滑り込みのケースも毎年あるらしい。

ノウハウみたいなことを全く何も知らないで、一切の情報をもたずに現地入りした私でも、最終的にはなんとかなったのだ!

これで、勉強ができる〜!!!!

帰宅した私がキッチンで小躍りしたことは言うまでもない。

何せ、IELTSの試験までは真夜中に起き出しては、写真のように勉強机に向かってひたすら勉強しまくっていたのだから。

その晩は家族3人でささやかにジンジャエールでお祝いをした。

もう、ショウガの味、苦くない。

そう私は感じていた。。。

→次号に続く

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お読み下さりありがとうございました。

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ちなみに↓文化人類学的に見ても、長い歴史の会陰保護

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第14回 英語能力が残念すぎる

第1〜4回あたりで書いた通り、新居に引っ越すと連日、電話の接続や、リフォームの残り仕事で作業の方々が出入りし、私は落ち着かない生活の中で開梱作業に精を出した。

その間、書いた通り、ご挨拶まわりにいったり、ゴミ箱や掃除用品など足りないものを買い出しに出かける他、自宅から近いナーサリー(保育園)と語学学校を探した。

これも天の引き合わせか!と思うのだが、偶然にも我が家から徒歩5分の場所に語学学校と保育園が同じ道(かなりの長さの道だが)の端と端にあったのだ。

しかも、そのパターソンという名前の語学学校は2006年当時、大学院の入学に必要なIELTSという英語検定試験の会場で、それはエジンバラ市内に二箇所しかなかった。

週3回娘を預けて、週3回語学学校に通う。

まずはそこからスタートだ。

なぜなら、大学院の入学にはIELTSで6.5のスコアが必要なのだ。

娘はまさに吸い取り紙のように英語を覚えていった。

私も、頑張らないと。入学に間に合わせるためにIELTS英語検定を受けられるのはたった一回、ひと月半しかない。

背水の陣だ。

どうしよ〜無理〜

でも、人は追い詰められると、もう悩まなくなる。

泣いても笑っても一月半しか準備期間がないのだ。

そこで6.5取れなければ、せっかく書いていただいた推薦状も無駄になる。

先生方に申し訳ない・・・

そんな気合いで真剣勝負で学んでいたので、週3回とはいえ、物凄い集中力だった。

高齢出産で娘を産み、頭も鈍っているアラサーが、連日、現地の新聞を読み込まされた。

ガンガンにディベートを行うスタイルのクラスだったので、世界各国の現役生(私より10歳以上は若そう!)に囲まれ、内心私は蹴落とされるような気持ちだったが、幸運にも良い先生に恵まれ、かなりのスピードで読解力を上げていった。

やっぱり、人間、孤軍奮闘する時代は必要。

学校のない日もトイレまで単語帳を持っていき、授乳しながらも英文を読んでいた。

もしこれだけ大学受験で頑張っていたら私はどんなことになっていたのかな?と思うほどに頭が冴えていた。

産後、女性は賢くなると思う。

持てる時間が少なくなるので、タイムマネージの鬼となる。

能力開花なのだ。

この時期の集中力の高さには自分でもなかなか驚いた。

そして、

果たして。。。

試験の日はやってきた!

次へ続く→

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拙い昔(2006年)のブログをお読み下さり有り難うございます!

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第13回子連れで院生になる?

お産は私にとって、広大無辺な宇宙の営みに自分を重ねて、最終的には宇宙そのものとひとつになっていくような、深く大きな体験だった。

その妊娠が分かってからの変容ぶりを間近で追って下さっていたお方がいる。

彼女の話を抜きにしては今の自分を語れない。

まさに天の引き合わせとしか言いようがない、私にとっては。

よしみさんとおっしゃるその素敵な女性は、私が妊娠する前に、まだ数々の仕事をかけもちしていた当時、私のイタリア語教室に来て下さっていた生徒さんのお一人であった。

ダンテの「神曲」を原書で読めるようになりたいんです。

そう彼女はご自身の目標を語った。

イタリア語教室と言っても、初心者向けで、「神曲」なんて私でさえ原文を理解し得ないだろう。

どうしよう、、、凄い生徒さんが来てしまった!

と思っていたが、よしみさんはとても朗らかで、私の稚拙な教え方にも嫌な顔一つ見せずに通って下さっていた。

彼女との時間を重ねていくうちに分かったのは、よしみさん自身が教員であり、3つの大学の英文学の非常勤講師として忙しく教えている、ということであった。

どおりで知性溢れる女性なわけだ。。。と私はすごく納得した。

その後、私がエジンバラに移動することに決まると、よしみさんは、ご自宅で私のために送別会を開いて下さった。

今思い出しても、涙が出るほどありがたい。。。

とても素敵なご自宅で、その広いリビングに椅子をたくさん並べて、よしみさんのお知り合いの方々もいらしていて、なんとも本格的なカレーの香りが漂っていた。

忘れもしないその席で、私はよしみさんから、

「エジンバラへいくなら大学院へ進めるじゃない。いい大学ですよ」

と言われたのだ。

よしみさんは本気ではなかったかもしれない。

励ますために軽い気持ちで言って下さったのかもしれない。

社会人で幼児を抱えて大学院へ行くことは考えていなかったので、私は一瞬どきっとした

が、

いや、待てよ。

と感じた。

なぜなら、例の直感がピロロロ〜とまた私の内側に鳴り響いたからだ。

ひょっとしていけるかも、その道!

と手応えを感じる。

なんとなくドキドキして、

心の底からワクワクしてきた。

早速、エジンバラ大学について調べてみると、当時はまだ出来立ての学部・学科であったが、医療人類学(Medical Anthropology)と呼ばれるものが目にとまった。

その後に正式名称はHealingand Illness (癒しと病理)というサブネームが付けられた進化中の学科だったが、さらに内容を確認してみたら!

パブリックヘルスや、助産の人類学、生殖医療の倫理観、死に寄り添う人類学、などと、まさに自分が勉強したいものばかりではないか!

でも、大学時代の成績表と、教授2名からの英語の推薦状が無いと願書を出せないというので、慌てて成績表を取り寄せ、教授にもお願いをする。

行動すると決めると、早い!

でも、私はひどい成績の学生だったので、どなたにお願いしようか、と悩んだ。

幸いにも、お一人目にお声をかけた佐々木研一教授が即座に快諾してくださり、長文のレターを書いて下さった。

成績が悪くても性格が真面目なので、今思うと、先生方も見守ってあげたいと思う生徒だったのかもしれない。

もう今振り返っても、あんなに短期間に私のために英文を作成してくださり、佐々木先生には本当に感謝の言葉しかない・・・

もうお一方は、なんと!よしみさんのご主人様が書いて下さった。

ご自宅での送別会で一度しかお会いしていないというのに、いろいろと相談に乗ってくださり、そういうことであるならば特別にと私の熱意を汲んで頂き、英文での推薦状を急いで用意して下さったのである。

実は、このご主人様こそ!

死の人類学 (講談社学術文庫)などたくさんの本を書かれ紫綬褒章を叙勲されている

山下晋司先生であった。

彼こそ、東京大学大学院総合文化研究科名誉教授であり日本を代表する文化人類学者だったのだ。

なんという巡り合わせ。

人生とは、予想外の連続である。

イタリア語の生徒さんであったよしみさんのご主人様の丁寧な推薦状と、母校の先生の「自信を持ってこの生徒を勧めます」と盛り盛りのて〜んこ盛りにして書いて下さった推薦状(英文だけ読むと私でなく別人のよう笑)を受け取ると、成績表と合わせ、大急ぎで郵便局からエジンバラ大学の大学院へ送った。

娘には、受かってから言おうと思っていた。

でも、書類を提出すると気が緩んで、結果がどうであってもいいよいいよ。

渡英まえに出来るだけのことはしたんだから。

と思い、娘にも「おかあさんね、おべんきょうしたいことがあるの」

と伝えた。

すると「おかーさんがんばって〜」

と笑顔で言われただけだったが、その一言が凄くパワフルで、なんだかとっても元気がでてきた。

しかし、、、試練は待っていた。

→次号に続く

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お読み下さりありがとうございました。

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