ドゥーラ体験をした医師が感じたこと

オックスフォード大学自然史博物館にて
オックスフォード大学自然史博物館にて

今回は日本で呼吸器系の内科医として患者を診てこられたA先生の興味深いエピソードを紹介させてください。A先生はこの夏までご主人の研究に付き添い、イギリスのオックスフォード大学で研究生活を送られてきました。現在はご夫婦ともに日本に帰国され、A先生は東京郊外で在宅診療をされています。

*以下のお話は、日本へご帰国される数か月前にお伺いしたものです。

イギリスへ転居するまでは日本の大きな病院で激務をこなしていたというA先生ですが、オックスフォードでの研究生活も落ち着いてきたころ、思いもかけず息子さんと同じ学校に通う男の子のお母さんのお産に付き添うことになったといいます。

アフリカのザンビアからやってきた彼女に、「一緒にいて欲しい、と頼まれて、気づいたらドゥーラをしていました」というA先生。医療者としてではなく、友人としてお産に寄り添ったその時の体験は、医師として働き続けていくうえでちょっとした気づきをA先生に与えてくれたそうです。異国でのドゥーラ体験を今後に役立てていけるとすれば、それは、「いつも患者の立場に立って想像力を発揮しながら、気持ちを添わせる努力を医師として怠らないこと」だと言います。

「仲のよい友人というほどではなかったのですが、子ども同士が同じ現地校に通っていたので、息子のクラスメートのお母さんのために、この私に何か出来るのなら。。。という気持ちで引き受けました」。そう振り返るA先生は、お産で、具体的にどんなことをしたのでしょうか?

「付き添っていてくれるだけでいい、という希望だったので引き受けられました。彼女の自宅から病院までのドライバーとなったり、怖がる彼女を励ましたり、陣痛中は背中をさすったり、頼まれたものを取ってあげたり、本当にそばにいてあげるだけしかできなかったと思いますが、実際にお産に立ち会ってみて実感したのは、せわしない中で、産婦さんはなかなか安心できないもんなんだなぁ、ということですね。そんな時に、もしあらかじめ、大まかな流れを丁寧に説明してもらえたら、こちらも安心して任せていられるのですが、スタッフも大忙しで説明が少なかったり、産婦さんに継続して寄り添ってくれる人員が足りなかったり。。。とは言っても、それってイギリスに限らず日本でもどこの病院でも当たり前にあることなので仕方がないんですよね。。。」

「友人のお産となると、感じ方がやっぱり違いますよね。医師としての自分ではなく、友人として赤ちゃんに真っ先に会えたことを光栄に感じていました」

ご自身の中のドゥーラ的な資質を発揮し、友人に寄り添ったA先生は、産後、友人と彼女の家族に深く感謝されたといいます。その後に、ドゥーラという職業があることを偶然知ったA先生は、なるほどなと思ったのだそうです。

「ドゥーラは大切な役割だと思います。初めての場所で、知っている人もいない環境で、自分のことを妊娠中から見知っている誰かがずっとそばにいて励ましてくれる。それだけで本当に大きな助けになると思うからです」

私(木村)は以前より、ドゥーラとは、そもそも職業ではなくて‘心の在りよう’とか、‘人としての資質’ということを書いたり話したりしてきたのですが、まさにA先生の体験されたことと重なります。放ってはおけない!と思って、気づいたらドゥーラをしていた、そんな人は年齢も国籍も職種も越えて、すでにドゥーラですし、そういう方は世界中にたくさんいるんですよね。

日本に帰国される直前のA先生が最後に残してくれた言葉が私には印象的です。

「目の前のお相手には様々な事情があって、しかも外国人だったりもする。そんな自分には想像もできない背景をもっている患者さんのことを、短い診察時間のなかで、どれだけ丁寧に扱うことができるか。。。元々、日本でも、患者さんひとりひとりとなるべく丁寧に付き合うことに喜びを感じていましたが、医師として今までは本当に激務だったので、これからどうやって働いていくか考えさせられますね。医師も学び続けないと、ですね。」

私と同じような年頃の子どもたちを抱えたA先生。日々のお仕事と家庭との両立は本当に大変なこととお察ししますが、彼女のようなこころある医療者には今後もバーンアウトせずに診療し続けて頂きたいと願ってやみません。

同時に、私自身、ケアの受け手として、一方でドゥーラとして、医療への信頼を大前提としながらも、これまでのような医療に依存しきった姿勢はそろそろ見直してもいい時期に来ていると感じています。
あらためて確認するまでもないことかもしれませんが、健康な妊娠は、病理ではなく生理として捉えられているために、本来、妊産婦さんを患者さんとは呼びません。でも、それは呼び方の違いであって、現代医療のなかでは、両者ともに同じような立場に位置づけられがちです。ですから、患者の在り方と妊産婦の在り方との共通点を見つけだし、そこから何かを学ぶことができます。

もちろん、事件、事故など一刻を争う救命の現場では、患者に対するほとんどの決定は医療者に委ねられるでしょう。でも、その高度な医療技術の恩恵を謙虚に享受しつつも、一方で、私たち現代人を悩ます多くのケースが日々の生活スタイルや食生活によってある程度予防できるものだとしたら、私たちは、日ごろの生活の中で予防できていなかったことを見つめて、以後はできるだけ身体からの声を感じ取り、それを医療者に対しても相手が分かるように表現していかなくてはなりません。特に、長い時間をかけて産むための準備を整えていくプロセスにある妊娠さんや、長い時間をかけて向き合っていく慢性疾患の患者さんには、さまざまなケアの選択肢があるわけです。医療者と協働で、よりよい治療法を選択していく自律性は、産前産後のお母さんにも、患者と同様に必要とされていると感じます。最終的な方向は、他人が決めることではなく、本人が自己決定していく。すなわち、医療に丸投げではなく、責任を持つことを置き忘れたくないものだと思います。

ただ、その選択のプロセスにおいて、まさに陣痛の真っ只中にある産婦さんや、産後直後のお母さん、痛みに苦しむ患者さんにとっては、とても個人では乗り越えられないと思う時があります。選択など今は到底できない!と感じるような瞬間に、「どんな時にも自分らしくあれるように」などナンセンスに響くかもしれません。

そのような場合に、あらかじめ事前ミーティングを重ねてきたドゥーラのような他者の存在が意味をもつのでしょう。ドゥーラは、他のすべての非医療者のケアギバーと同様に、病室に横たわるその人物が、一体、どのような価値観(言葉を替えると、スピリチュアルニーズ)を抱き、いかなる半生を送ってきて、今はどんな人生観をもっているのか。数字やデータには表されない個人のライフジャーニーを前もって聴き取る可能性が高いです。話からだけではなく、事前の自宅訪問などで知り得るのは、過去の生い立ち、家庭内の様子や、同居の家族や、一緒に住んでいない家族とのこと、家族の人間関係、本人の中の希望や不安、将来への見通しなど、本当にさまざまな事柄についてです。そして、必要と判断すれば、本人に了承を得たうえで医療者にも伝え、サポートの在り方や実際の処置に役立てていってもらうこともあるかもしれません。

そのような意味で、医療者と医療の受け手との間にあって、黒子のように存在し、橋渡し役を担おうとしているのが、ドゥーラのような非医療者のケアギバーなのです。

VBACママ、お疲れ様でした!

baby

生まれたばかりのベビー!ブリティッシュスタイルのかわいいバラ柄ファブリックに囲まれてスヤスヤと眠れる森のお姫さま🌹です。その傍らで、赤ちゃんのお母さん、Iさんにお産体験を振り返って頂きました。

今回VBAC(帝王切開後の経腟分娩)を体験した彼女は、「高齢出産だし、前のお産で切ったから、安全のためにまた切らなければいけないかな」と思い、計画帝王切開を予定していました。

そんな中、妊娠もいよいよラストステージに入ったころ、私はIさんに、今一度、自分が本当はどんなお産をしたいのか考えて頂きました。映画、本などで学んで頂くだけではなく、これまで頑張ってきたご自分をたっぷりとねぎらってあげながら少し涙を流して浄化して頂いたり、お腹の赤ちゃんに話しかけていただいたりと、静かな時間をご一緒しました。

そんな心身の内側に湧いてきたラストミニッツの気づき。その気づきに支えられて、とても素晴らしいお産をした彼女は今、「計画帝王切開から自然分娩に切り替えて本当によかった!」と充実感でいっぱいです。「助産師さんにも褒められるくらいのすごくスムーズなお産だったから、こういうことが実はできるんだよってみんなにも勧めてあげたいな」そう語るIさんの表情は春の日差しのようにやわらかく光り輝いていました。

ただ、おっぱいを与える度、特に乳汁が溢れ出てくる瞬間、不意に表現しがたい悲しみに胸がいっぱいになるとのこと。それを単にホルモンのせいとだけ片付けないアプローチに沿って、少し時間をとってIさんに思いを巡らせてもらいました。なぜなら、ホルモン分泌の仕組みを理由にすれば、産後を乗り越えていくうえでより楽なのですが、それだけだと、起こっている事態に対して、少し機械的な解釈になってしまうことがあるように思うんです。

ホルモンのメカニズムを知っておくことは知識としてとても大切ですが、同時に、心情的に自分の感じているものにも寄り添ってあげて、しばらくの間そっと自分のうちに広がるものに耳を傾ける時間をもうけたほうが、のちのちの子育てのリソースとなっていく気がします。

それにIさんの場合、お話を伺っていた私には、何か特別な気持ちの深まりが彼女の根底にあるように思われました。

~「慈悲」って、なんで‘悲’という感じが入っているのかな。。。~

授乳を通して私たちは、生まれたての小さな体の中へ、その子が大きく育っていくためのエネルギーを注ぎます。赤ちゃんの心身を成長させる創造のエネルギーの源が母乳です。そんな圧倒的な生命エネルギーの塊のようなものを放出しつつ、その一方で感じる漠々とした寂寥感はなんなのだろう。。。

「確かにしんどいことも多い授乳ですが、捉え方によってはお乳を与えている間、お母さんたちはキリスト教のマリアの‘慈悲のこころ’とか、仏教で‘色即是空’といわれる境地を垣間みるのかもしれませんね。」なんて私が言うと、お母さん方のなかには、「それ、すごく分かります」、「授乳って深いです」などと頷く方がいます。
連綿とつながる命の循環に、赤ちゃんを産み出すとともに自分も乗っからせてもらい、安堵感を感じる。その反面、不意に突き放されたように、広大な宇宙に取り残されてしまったような、砂塵にも満たない自分と我が子の存在が無性に虚しく感じられたり、場合によっては、人間の定め、悲しみといったものを瞬時にして、言葉を超えた体験として感じることがあってもおかしくないのですよね、きっと。

個人的な話になりますが、私が一人目を産んだのもやはり春でした。当時は、桜が咲いても感極まって涙が流れ、散るのを眺めてもその美しさに悲しみを感じ、涙をこぼしながら授乳していました。それは10年以上経っても、まるで昨日のように思い出されます。

そう、「沙羅双樹の花の色、なんだなぁ」と授乳の度に感じ入っていたわけです。ちょうどその当時、私は毎日新聞のウェブ上で一年以上にわたり連載を書かせて頂いていました。その時の抜粋が以下の文章です。ちょっとだけ手直しをしましたがここに載せますね。

 

「窓越しに、濡れそぼる早咲きの桜が見える。せっかく咲いたのに、もう容赦なく冷たい雨に打たれているのだから、自然はなんと厳しいものかとあらためて思う静かな午後。傍らには産まれて3週間になる娘がかすかな寝息をたてている。

 

 桜が雨粒に洗われている同じ時、この家ではちいさな体が深い眠りにおちている。訳もなく、このふたつの出来事に何かつながりがあるように思えて、一瞬、まじまじと娘の寝顔を見つめてしまう。桜だけではない、何を見ても、すべてがお互いに関わりをもち、刻一刻と宇宙が呼吸をしているように感じられる。

今までの人生、たいていの出来事ではこそばゆくて口にするのがためらわれた言葉だが、こういうことを‘しあわせ’、なんて呼んでもいいのかもしれない。

 

もう少しあたたかくなったら父の墓参りへ行こう。行って、「孫を抱きたい」と、昨年のちょうど今ごろ、この部屋で冗談まじりに言っていた父に報告をしなければ。

 

 あの日、私の押す車椅子のなかから父がポツリと「来年も桜見れるかなぁ」、そう言って花びらに手を伸ばそうとした。「お父さんったら何言ってるの。もちろん来年も一緒に見ようね」、すかさず元気な声で返したけれど、ガトゴト揺れる尾根道を上下する骨ばかりの背中がかすんで見えなくなった。あの時、死とは、去年までここにいたものが今年にはいなくなることだと思っていた。

 

けれど、父が死に、私は身ごもっていると知った。流れた季節の分、確実にお腹は膨らみ、そしてこの春、父の血を継いだあたらしい命が誕生した。

死は死ではない。命は、見事に今日もめぐっている。」

と、読み返して恥ずかしくなるくらい感傷的な文章を臆面もなく書いて、今ほどインターネットが普及していなかった時代に新聞社のウェブサイトを通して全国発信し、産後ママのおセンチぶりを曝け出していたんです。ご興味のある方は、当時の連載に手直ししたコンテンツを今後アップしていく予定ですのでどうぞお読みになってみてください。

さて、Iさんに話を戻すと、お宅の玄関ポーチにはハーブや小さな花々がそよそよと春風にのって咲いています。ガーデニングが大好きだというIさんの作業を、小さな指先がお手伝いに加わる日はそう遠くありません。

眠れる森の新生児ちゃんと、春の日差しをまとったIさんの笑顔と、次々に顔を出すお庭のお花に見送られて、私はとても大事なことを共有させて頂いたような喜びに満たされて帰途につきました。

これからもIさんのようなママさんを地道にサポートしていけたら嬉しいな、そんな元気をいただいた今朝の訪問でした。

ーーー追記ーーー

「毎日新聞インタラクティブ」に私が17−18年前に書いていた妊娠ダイアリーの連載を音声にしました。次のURLから視聴できます。

https://www.himalaya.com/ja/player-embed/1745389

生活スタイルが大きく様変わりしていく今の状況下で、妊婦さんは今後、思わぬ流れで自宅で産むことになってしまう方もあるかもしれないと思い、もしもそうなった場合に備えて、実際に家で産んだ経験談を読んでおくと少しだけでも参考になるかもしれないと思い、思い切って音声で復刻させることにしました(2020年4月)

William Coperthwaite(ウィリアム・カッパスワイト)さんに寄せて

写真1
写真2

写真:http://www.imrevolting.net/tag/william-coperthwaite/

「人の手に削られてきた道具ほど美しい芸術作品はない」
そう語るのは産婦人科医の吉村正先生です。

ご縁があって2度ほど招いて頂いた吉村医院には、手作りの茅葺き屋根の離れがあって、その庭では妊婦さんたちが毎日、斧を高く振り上げて重心を落とし、ストンと小気味良く薪を割っています。

古民具の収集をされている前院長の吉村正先生がこだわった空間のそこここに、農作業に使われてきた何百年も前の農具や、欠けを接いで大切に扱われてきた骨董の湯呑茶碗などが飾られています。

使い込まれた鋤(スキ)や鎌、斧。そこには、人の手と、時間が産み出した独特の存在感があります。

陽を仰ぎ、風を感じ、星を読みながら、大地の恵みを得るために人々が太古の昔から営んできた農業。そこで使われてきたモノ言わぬ道具たち。。。用途に応じて、暮らしのなかに溶け込んできたその洗練されたシェイプ。

ひとつひとつのものを見つめていると、不思議と感謝の気持ちが湧いてきます。農業に従事したことのない私にまで、感謝の気持ちを沸き起こさせる圧倒的な佇まい。見事だなぁ。。。と感動せずにいられません。

ひとつ、斧にまつわることで、「行きたい処には、無理をしてでも足を運ぼう!会いたい人には、たとえ迷惑に思われても会っておこう!」そう強く感じさせられたことが近年ありました。

それははじめにふれたウィリアム・カッパスワイトさんのことです。釘を使わない建築家として、また、木工アーティストでありナチュラリストとして世界的に知られたWilliam Coperthwaiteさん(http://en.wikipedia.org/wiki/William_Coperthwaite)は、 日本で作られた斧を長年愛用していました。

そのウィリアムさんが、2013年11月に交通事故で亡くなったのです。

彼の「hand made life~in search of simplicity~」という本を、シーカヤック仲間の御夫妻に初めて見せて頂いた時、「なんて美しいヤート!絶対いつか行ってみたい」と強く思ったことがまるで昨日のようです。

ウィリアムさんが日本の斧で作りあげた手作りの自宅(yurt)は、メイン州の北、カナダとの国境に近いMachiaspotという町の近郊にあります。ウィリアムさんの存在を私に教えてくれた日本人夫妻は、これ以上車両の入ることができないという地点から、標識も目印もない森の小路を一時間歩いてウィリアムさんの家(ヤート)をはるばる2度も訪れたといいます。

その運命の訪問を通して、ウィリアムさんのこれまでの足跡やライフスタイルを日本の人々に広く知ってもらいたい、と奔走してきた彼らも、がっくり肩を落としています。それは、ウィリアムさん愛用の斧を作ってきた高知県(檮原市)に28代続く鍛冶屋の影浦さんとて同じこと。

日本の斧をこよなく愛し、自分の作品づくりの相棒として使い続けてきたウィリアムさん。ハーバード大学の教育学博士でもあった彼は、肩書に書き切れないほど多彩な活躍をした方なのに、肩書きを外した一人の人間として森に住むことを選び、自分なりの生き方を実践していました。

そんな彼に生きているうちに一目でもお会いしたかった。。。

生きているウィリアムさんのエネルギーを直接感じることはもうできない。。。

そう思うと切ない気持ちでいっぱいになります。ただ、彼の遺した作品たちは、今でも、生きた木のぬくもりを通して、ウィリアムさんのこころとからだが知っていたことを私たちに伝え続けてくれている。そう思うようにするだけで、人が土に還り、大地の滋養となり、やがて若木となるような円環的なイメージにやさしく包まれます。

彼の残した本の世界と、自然に溶け込む宇宙船の様な家の佇まいは、未来を切り開いていく若者たちにとって、これからの時代にこそ、大自然との調和に在る“美”を知る道しるべであり続けることでしょう。

そして、その美に触れることによって、人が人としていかにシンプルに生きていくか、突き詰めていった時、現代の出産シーンの在り方を再考するきっかけにすらなるのではないかと私は感じているのです。

冒頭の吉村医院に戻りますが、古民家を移築し、古いものに新しい命を吹き込んで出来上がった吉村医院の産屋(うぶや)を前にすると、柱について、梁について熟知しているからこそ、産み出せるカタチがあるのだ、と思います。

何にでも言えることですが、それぞれのものにはそれぞれの力があります。

木の本来持つ生命力。

人の本来持つ命を産む力。

そこには、普遍的な美や調和といったものすら宿っていて、根っこはきっと同じところに在る。

そんなことを感じながら、ひと足先に旅立ったウィリアムさんを、会ったこともない方なのに、

とても身近に感じています。