バースセンター見学を通して考えた助産師さんのストライキ

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今回はロンドン南エリアの大学病院West Middlesex (website WestMidmaternity.org.uk) 病院内の産科、Queen Mary Maternity Unitとそのケアについて紹介します。長年地元でベテラン助産師として病院出産、バースセンター出産、自宅出産に深く関わってきたPo-Ying Li先生にお話を伺いました。現在、NHS(UKの国民保健サービス)では、テムズ河エリアに点在している産科病棟9つのうち4つを閉鎖して5カ所に減らす動きがあるそうです。

幸いなことにWest Middlesex病院の産科は今後も存続し続けますが、周辺から妊婦さんが産み場を求めて駆け込んでくることが予想されるため、今後は年間500件のお産の増加を見越して、助産師の数も増やす方向です。現状では、大学病院勤務、バースセンター勤務、コミュニティー勤務(地域の各家庭へ訪問)の数をすべて合わせると150―180名ほどの助産師がこの大学病院を通して妊産婦さんのケアを行っていますが、「ただでさえ低賃金で頑張っている助産師はますます忙しくなってバーンアウトしていく人も現れるのでは、、、」と懸念する声もあります。

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West Middlesex病院内のバースセンターの分娩室と助産師のPo-Ying Li先生

ましてや、このWest Middlesex病院では昨年、助産師たちによる賃上げストライキがあったばかりです。私も助産師応援団の一人として旗を振り、何回かこの時のストライキにも参加しましたが、「Enough is enough!(もう限界!)」というスローガンを掲げ、傘もささずに厳寒の朝から街頭デモをする彼女たちの濡れそぼったコート姿は忘れられません。英国助産師会(the Royal College of Midwives RCM.org.uk)が指揮をとり、助産師が一丸となって全英で数回に渡って展開したこの時の訴えは全面的に国に認められましたが、過去3年もの間、給料アップせず、インフレ率は彼女たちの給料上昇率を上回り、助産師の中にはフードバンク(食糧を配給する国の社会福祉サービス)を利用しなければならない人も一時はいたそうです。

West Middlesex病院内のバースプールの様子、産綱も天井から垂れています
West Middlesex病院内のバースプールの様子、産綱も天井から垂れています

さて、この病院の施設を見てみましょう。入ってすぐのブッキングエリア(受付)はかなり混んでいます。さまざまな人種の女性たちがソファーに座って順番のくるのを待っています。妊娠中のデイアセスメント(検尿・ウルトラサウンドなど)を行う産科・婦人科エリアと、実際のお産が行われる病棟はいくつかの扉と大きな廊下で仕切られており、一般的な日本の総合病院と同じようなつくりです。

大きな違いは、バースセンターの存在です。病院施設に併設というより、廊下の延長で続いているバースセンター内では助産師に主導権があります。侵襲的な医療介入をできるだけ減らし、母子の健康と安全を目指した助産理念のもと、当然のことながら、自然分娩率は高くなります。産後の完全母乳育児率も同様です。さらにWest Middlesex病院では、広々とした4部屋(4床とも水中出産可能)に加え、誕生死(Stillbirth:赤ちゃんをお産で失うケース)といったトラブルに遭った方のみ利用できるファミリールームが2部屋あるのです。

誕生死などトラブルに遭った家族が休む部屋の壁には額縁と並んでTVも
誕生死などトラブルに遭った家族が休む部屋の壁には額縁と並んでTVも

あたたかい雰囲気の絵や刺繍のクッションが他の部屋とは違うやわらかい空気感を漂わせています。壁のテレビは、バースセンター内で唯一、このふたつの部屋にしか無い備品ですが、苦しい時にわずかでも気が紛れれば、と備え付けられたそうです。私もドゥーラとして日ごろ感じていることですが、誕生死の方は、本当にサポートが必要です。「赤ちゃんの死というとてつもなく深い悲しみと傷を負った心身を少しでも癒してもらえれば」と語るスタッフの助産師は皆さんほんとうにあたたかい笑顔の働き者です。

病院勤務の助産師とバースセンター勤務の助産師は、同じ建物の中で住み分けているわけですが、バースセンター勤務の助産師のほうが、対応に余裕があるというか、明るい笑顔の方が多いように感じます。権限をもつということは、大きな責任を担っている。それだけ負担も大きいでしょうが、別の見方をすれば、自信をもって生き生きと仕事と向き合っているとも言えるのかな、と思うのは私だけでしょうか。

そういった助産師の中には、私が地元のドゥーラ仲間と開いているPositive Birth の会にも非番の時間帯に応援で顔を出したり、ボランティアでお手伝いをして下さる方々もいます。

ここであらためて繰り返すまでもないことですが、私は、バースセンターで日夜頑張っている助産師や自宅出産をサポートしているコミュニティー助産師を応援しています。母子の健康のために少しでも力になりたいという熱い志をもった彼らがストライキを行わなければならないなんて悲しいことです。でも、時には敢行しなければならないこともあるでしょう。そんな時にはこれからも立ち上がって彼女たちを精一杯応援したいと思っています。

以下の写真は、お世話になった病院・バースセンターのスタッフに宛ててお母さん方が退院後に送ってきたというお礼状を集めたボードです。日々これらの文章に励まされながらスタッフの皆さんは何とか頑張っているということです。皆さんもお世話になった病院や地域のクリニックにお礼やフィードバックを送ってみませんか。

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統合療法の訳書がこのたび出版されました♪

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ぜひ読んで頂きたい本が先月出版されました。

「こんなにいい本が日本語で読めたらいいのにね…」というウィリングヘム広美さん(心理セラピスト)が中心となって、彼女とふたりで1年以上かけて子育てと仕事の合間に少しずつ訳してきたものです。表向きは心理セラピスト向けの専門書なのですが、一般の方にも読んで頂ける分かりやすい内容になっていると思います。ようやく生まれてきた~という感じで、私にはとっても可愛い赤ちゃんのような本です。

新刊書籍:
「自己変容をもたらすホールネスの実践―マインドフルネスと思いやりに満ちた統合療法」 星和書店
ご興味のある方はこちらをご覧いただければ幸いです。

この本はハコミセラピーのアプローチを基本としています。

「ハコミ」という言葉をお聞きになったことはありますか。一瞬、日本語のように感じられるのですが、実はアメリカの先住民族のひとつ、ホピ族の言葉で、「日常の様々な側面に対して、あなたはいかに参画しているか?(How do you stand in relation to these many realms?) 簡単に言い換えるならば、「あなたは何者か?」という意味を持っているそうです。

ハコミセラピーとは?:日本ハコミ・エデュケーション・ネットワーク 

まだヒューストンに居た時、Gregory Gaiser先生によるハコミセラピーのワークショップを受けたことがあります。ドゥーラとして参加し、彼のワークショップで学んだことは、日々の仕事にとても役立っています。この世のありとあらゆるすべてのものがあらかじめ繋がっているのを前提として、目の前のお相手のあるがままを信頼して受け止める。自分自身を、相手の一部として、また目の前で展開していることの環境として、己を全体の一部として含めてしまうことで、少しずつですが、すべてが必要な在り方で瞬時瞬時に機能していると分かっていきます。 起こるプロセスをあるがままに見守るためにはじっと耳を澄まさなくてはなりません。そこにおいて、相手との一体感と同時に、拡張していくような意識の広がりを常に感じるようになっていきました。

アメリカ人開業助産師さんと共に立ち会ったある方のお産では、夜半、空を覆っていた雲が晴れて、浴室の天窓からちょうど月が見えはじめました。「月も見てるよ」と私が言うと、頑張っていた産婦さんは間歇期に月を仰ごうとしました。顎をあげるためにバスタブから身を起こす彼女。顎をあげると産婦さんの気道が伸び、しっかり呼吸ができるようになります。しばらくして元気に赤ちゃんが生まれてきました。「後から振り返ってみても、その過程が何か仕組まれたように、精妙な宇宙の理に沿って起こっていたとしか思えません」、彼女は自らのお産体験を振り返ってそう語ってくれました。

「起こるすべてのことは何かの糸で繋がっている」という認識が、産婦さんにもケアギバーの中にも備わっていると、今までは見過ごしていた何でもないことがすべてリソースに思えてくるから不思議です。その場に居合わせた誰かが「あ、月」と気づく。産婦さんがからだを起こしたら、停滞していた何かが抜けたように楽になり、深呼吸とともにもうひと踏ん張りするエネルギーが湧いてきた。そんなひとつひとつの出来事を科学的に検証しようとしたら意味をなさない些細な事象の絶え間ない連なりが、お産においては大事だとつくづく思います。喜怒哀楽の混じりあったおびただしい数の体験が積み重なったひとりの人生における、あるひとつの体験の完了として、「安産」という言葉があり、それはまた産後の時間と継ぎ目なくつながっているのだ、という視点が生まれます。

例えばその延長で、感知の方法や視点が微妙にずれることで、医学的には難産と呼ばれるようなお産であっても、本人にとっては「安産」と呼びたくなるものに変化していくものもあるんです。または、それまで不幸に思えていたことが、人生の問題を解く突破口を見つけるための強力な手がかりとして働くことだってあります。

理詰めの頭で考えると分からないことばかりで不可思議なことですが、簡単に言ってしまうと、今の自分の持てるリソースをもうあと数割、いや何倍にも花開かせる力が私たちひとりひとりに備わっていると信じられるようになっていくのです。

上司と部下、教師と生徒の関係、親と子の間でも、この視点はとても大事だと思います。この本を通して、

根本的な人との接し方、そして自分自身の受け止め方を学んでいくことができるかと思います。

何気ない日常生活を大空を舞う鳥のように新しい視座で俯瞰することで、毎日が癒しと光により満ちたものとなっていきますように。そしてこの本が一人でも多くの方の手に届くことを祈りつつ2014年最後のブログとさせて下さい。米国から英国へ引越し、多くの方々にお世話になった年でした。皆様有難うございました。引き続き2015年もどうぞ宜しくお願いいたします。