産クチュアリーの守り人

仕事に行く前に娘が撮ってくれた割ぽう着姿の私です。どこで買えるの?と 麻好きヨーロピアンによく聞かれる100%麻製。KAPPOというお店です~。 http://web.ogiwara.co.jp/shop/e/ekappo/
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クリスタル、チベッタンベル、美しい絵の描かれたハガキ。。。私にはお守りとして持ち歩き大切にしているものがたくさんあります。人から見たら、不思議がられるかもしれませんが、自分には仕事をする上で大事なものばかりです。

バースドゥーラの仕事内容は多岐にわたりますが、もしひとことで語るなら、妊婦さん本人が産む力を最大限に引き上げられるように見守り、同時に目に見えないレベルでも継続的なお手伝いをすることです。

ドゥーラになりたてのころは、さまざまなトレーニングで学んだ声がけや効果的だと思われるエンパワメントを中心として、瞑想法やエクササイズなど、よりテクニカルな面を出しつつ、ピアな関係で、対等に女性と向き合っていました。ところが次第に、産みゆく女性を心の底から崇めている自分に気づかされていきました。

実際、お産の周辺にあって、女性は本当に女神としか思えない圧倒的な神々しさを放つものなのです。アメリカのテネシー州で自然出産を見守ってきた伝説のアイナ・メイ・ガスキン女史(彼女の半生を描いたドキュメンタリー映画です。私も日本語訳を付けるお手伝いをしました。http://watch.birthstorymovie.com/)は、現代のお産について語る時、以下のように言います。

If a woman doesn’t look like a Goddess during birth then someone isn’t treating her right. (Ina May Gaskin )「分娩中に女性が女神のように見えなかったら、それは彼女に対する待遇に何か問題がある」

いろいろと考えさせられる言葉だと思いませんか?

お産は、とくに初めて体験する方にとっては想像を超える持久戦なものです。ことに施設分娩では、医療従事者の方々が入れ代わり立ち代わり様子を確認するために入室しますので、場の空気が総入れ替えされ、リフレッシュしていい効果が生まれる時もあれば、逆に集中力が途切れることもあるかもしれません。

そんな時に、同じ人物が継続的にその場の空気感を保っていたとしたら、部屋のムードはずっと安定したものになります。哺乳類が太古の昔から適度に暖かく、適度に湿度があり、ほの暗く静かな出産環境を好んできたことは知られています。それは、風雨を避けられ敵の侵入してこないような安全な環境です。例えば洞窟の中とか、大きな樹木の根元とか。。。野生動物が好んで出産してきた環境を知ることで現代人も学びます。

人間の女性も、安定感、安心感を無意識に求めるものです。医学的にも、赤ちゃんを産む時に母体に緊張感があっては緊張ホルモンで知られるアドレナリンが放出されてしまい、なかなか子宮収縮を起こすオキシトシンを分泌できないことが分かっています。

安心できる環境が必要な妊産婦さんにとって、自分を女神のように愛おしさと敬意をこめて見守り、そばに付き添うバースドゥーラのような存在があることは、心の安定感を築き、その方の可能性を最大限に高める可能性があることを私は経験から実感するようになりました。それは最新のドゥーラ研究の報告をみても明らかです。産後うつの罹患率も減ることがドゥーラ効果の一端として注目されています。

また、仮にお産の進行が期待通りではなく、周囲の医療従事者、パートナー、妊婦さん本人でさえも希望を失いそうな時にあっても、最善を信じて祈り続ける人がお産の場にいることはとても大事なことだと感じます。

どのような状況下にあっても、たとえ瞬間的にパニック状態に陥ってしまったとしても、よりスムーズに最低限のストレスで乗り切るために産婦さんが赤ちゃんのためにできる最高のことは、深呼吸する余裕を持ち、気持ちを落ち着かせることだからです。

それを現場にあってサポートするのがバースドゥーラの役割だとしたら、バースドゥーラ自身はかなりタフでないと心身共にもちません。精神力や体力を高めるなどその人らしい自己鍛錬を続けている人がバースドゥーラには多いというのもうなずけます。事実、ロンドンの仲間の一人、日本人バースドゥーラの三浦順子さんは、毎日をヨーガと瞑想と食養に捧げ、健康で素敵な生き方をしている方です。

私には日々の鍛錬を継続するような強さはないけれど、それでも絶えず穏やかな気持ちでお産というサンクチュアリー(聖域)を守るために、日ごろからたくさんの引き出しをもつ努力はしています。

例えば、何か月先の予定日の方であっても受け持ちの妊婦さんの安産のお祈りは毎日決して欠かしません。なぜなら、それが効果的であると分かっているからです。どの宗教にも私は属しませんが、○○さんのお産が○○さんと赤ちゃんにとって最善で最高のお産となりますように。。。と祈願することは、目の前の木を眺めながらでも、星空を見上げながらでもできます。そして、私から彼女への想いは宇宙エネルギーとなって、彼女のお腹の赤ちゃんに届くことを過去の経験から私は知ったのです。

また、魔法の引き出しのひとつとして、海岸で拾った丸い石や、小さな木の実であっても、自分にとってのパワーストーンだと感じたら大切に扱い、妊婦さんとの間に育まれたあたたかい気持ちを注いで全体を包む込む思いで祈って棚の上に飾ったり、バックの中にしのばせておきます。必要な時にそれらをそっと握りしめると、その感触や音、エネルギーは私に瞬間的に壮大な宇宙の営みを思い起こさせ、自分の中に新しい力が注がれたようにリフレッシュできるのです。そのような私の状態が産婦さんや周囲の方々にも伝わり、良い方向にお産が進む助けになるように感じます。もちろん、産婦さんが望めば、陣痛の合間に実際に石を握ったり、チベッタンベルの音色を聞いてもらうこともよくあります。産前からそういったツールを駆使した個人セッションを行っていますので、聞き慣れた音や感触を確かめることで産婦さんは気持ちを落ち着けやすいものです。

香りや光もとても大事な要素です。先日のお産では、産婦さんが病室に持ち込んだレインボーライト(エッセンシャルオイルと水を入れると加湿器にもなる七色に移り変わる照明器具)を見たイギリス人助産師さんが入室するなり「あ~いい香り、まるで高級スパに来たよう!この部屋は一番居心地のよい空間ね!」と満面の笑顔で産婦さんに話しかけていました。それを聞いた彼女もどこかほっとした表情で、場は一段と和みました。産婦さん自身が選んだラベンダーの香りに包まれ、ほの明るいライトのもとでその後ほどなくして彼女は元気な赤ちゃんを産みました。

香り、光、音、感触、、、どれも目には見えないけれどとても大事な要素です。感触について言えば、私が意識的にお産の日に着るようにしている服は麻製です。麻は、汗などを適度に吸い取ってくれるせいか、長時間のお産の立ち会いでも疲れにくいのです。不思議なことですが、麻は出産にすばらしくふさわしい素材だと肌で感じ、少し調べてみたところ、実は麻は古来よりお産と深い関わりのある繊維なのです。

合原香須美さんの書かれた『近代における出産習俗の変容』には、麻に関する記述で、妊娠5ヶ月くらいで神社へ行き、麻をもらってきて、それを鉢巻のように頭に縛って出産に臨み、生まれた後にはそれを倍の量にして神社に感謝の気持ちを表して納めたというようなことが書かれていました。他にも、手首に麻のひもを巻いてお産にのぞみ、無事に生まれた後はへその緒をそのひもで縛ったことなどを知ると、麻とお産の切っても切れない関係が感じられてなりません。最初に着せる産着に麻の葉の文様を縫い付けることも風習としてあったようですが、麻のようにすくすくと大きくなって下さいという祈りが込められているということです。この麻の葉の文様は、正六角形なのですが、英語では、Hexagon とか、Hexagram(六芒星)と呼ばれます。カメの甲羅、ハチの巣のハニカム構造、土星の気流が描く環など、自然界の法則が目に見えるカタチとなって顕現する貴重な印のようです。

精神性や精神世界についての理解が深いイギリスで学んだ私のようなドゥーラたちが集まると、オフタイムはこういった目に見えないことをめぐる話で盛り上がったり、母乳育児に効くハーブや、おすすめのスピリチュアル音楽や、効果のあったという代替療法やクリスタル選びなどの情報交換会となることも多々あります。アーサー王伝説の残るグラストンベリーにも通っていますが、マザーアース(大地の女神)や女性性を祭る神殿での定期的な集い、ナチュラルバース関連のワークショップや女性性を高めるクラスが各地で連日のようにあり、そこには助産師やドゥーラなども集います。まるで私たちは現代の魔女やシャーマンのようだね、と笑い合うこともありますが、もちろん、イギリスのドゥーラ協会、DOULA UKでは、医師や助産師などの専門家をお呼びして正しいホルモンの仕組みを学んだり、ドゥーラ効果の医学的根拠のおさらいをしたり、世界的な母乳育児推進協会であるラ・レーチェ・リーグのIBCLCよりレクチャーを受けたりと、きちんとした学びも積んでいます。そういう意味で、眼に見えるものと、こころでしか捉えられないものをバランスよく吸収し、経験や足を使って地道に情報を仕入れ、ホリスティックな立場でお産に関わっているドゥーラは、これからの時代にますます求められる存在だと思います。

石ころのお守りをバッグやポケットに入れて、麻の割ぽう着で妊婦さんを支える存在は異色だけれど、でも、自分にしかできない働き方があるといつも感じています。

今回も長文になりましたが、お読みくださり有難うございました。

助産師さんとドゥーラたちの取り組み

キングストン病院内での勉強会の光景です。半分くらいが助産師さん、もう半分がドゥーラですが、産婦人科医も数名混じっています

6月は仕事が立て込んでいて、まるで生まれて来る赤ちゃんたちがそれぞれ語り掛け、そして、導いてくれていたような月でした。今日も産後visitの予約が入っていますが、元気にスムーズに生まれてきてくれて本当にどうもありがとう!と赤ちゃんたちにお礼を伝えている日々です。

さて、この1年関わっている活動に、Midwives Doula Working Together というプロジェクトがあります。地元ロンドンのKingston病院(NHS)において活動を率いている責任者は、助産婦長のBalvinder Reehal先生です。

彼女は長年の経験と知識から、バースドゥーラとの協働を図るほうが母子にとってメリットの大きいことをミッドワイフたちに日々伝え、両者が共に働くには、お互いのさらなる理解が必要だということで、このMidwives Doula Working Togetherを開催しています。この動きは、Kingston病院だけに限らず、ロンドンのあちこちで少しずつ芽生えてきています。
なぜこのような動きがイギリスで育ってきたのか、その経緯を知りたくて調べてみました。すると、Kate Greenstockさんのような情熱的なバースドゥーラたちが立ち上がり、助産師さんたちに献身的に働きかけた結果であることがみえてきました。Kate さんは、コーチングのプロとしても活躍するバースドゥーラですが、外務省に勤めるご主人と共に2年ほど日本に住んでいたこともあるとてもインターナショナルな女性です。

母親業で忙しくする傍らバースドゥーラとして活動する中で、Kateさんは地元の助産師さんたちとゆっくりと、でも着実に信頼関係を築いていきました。2012年のNormal Birth Study Day(正常産について学ぶ学習会)に彼女が呼ばれ、その席で、バースドゥーラとして、正常産にどのような貢献ができるのかについて発表しました。そのことがきっかけで、一気にドゥーラに対する見方、風向きが変わっていったようです。

Kateさんにお話を伺ったところ、その後、2015年に入ると、ドゥーラを伴うお産が増加する一方で、Kingston病院の管轄内で、サプライズホームバース(想定外の自宅分娩)が数件起きたのだそうです。つまり、病院やバースセンター(院内助産院)で出産予定だった産婦さんたちが、それぞれのドゥーラたちと自宅で陣痛をやり過ごしながらあまりに長く家に留まったためにお産が進み、施設へ移動することが出来なくなって、そのまま自宅で赤ちゃんが生まれたというケースが年間に数件あったということです。

Kateさんによると、当のお母さんたちの気持ちは安定していて不安感もなかったようですが、来院するであろうと予測し、待機していたバースセンター側や病院側としては、「ドゥーラがいるからまだもう少し家にいてもだいじょうぶ」と産婦さんが思い、そのまま赤ちゃんが自宅で生まれてしまうケースがさらに増えていくのは心配という見解を示したそうです。計画的な自宅分娩であれば、コミュニティーミッドワイフがNHS(国の医療システム)から確実に派遣されるため、家で産むことはまったく問題ないのです。施設分娩を予約しておきながら、成り行き上、家で赤ちゃんが産声をあげてしまうケースが増えることは懸念の対象なのです。

そこで、前述のBalvinderさんのようなミッドワイフの方々が立ち上がりました。どういうことかというと、産む女性たちに個人的に深く関わるバースドゥーラという存在に焦点をあてました。産婦さんの陣痛がいよいよ狭まってきて、バースセンター(院内助産院)や病院に産婦さんがバースドゥーラを伴って到着する際、もしもそこでバースドぅーラと医療スタッフとの信頼関係ができているなら、すみやかに連携をはかることができる、と判断したのです。そのためには、お互いの歩み寄りや、深いレベルでの理解が不可欠だと考え、助産師とドゥーラの関係強化促進のために定期的に集会を開くことを打ち出したというわけです。

そこからはトントン拍子で話が進み、今では多くの助産師が参加する月一の定例会が病院内のスタッフルーム(もしくは休憩室)で行われています。激務にもかかわらず、私たちドゥーラをいつもあたたかく歓迎してくれる助産師さんには本当に頭の下がる思いです。私のような外国人のドゥーラにさえも、廊下ですれ違う時に、「あなたドゥーラね!いつもありがとうねー!」とやさしく声をかけて下さる助産師さんもいます。ちなみに、私は施設内ではドゥーラのバッジを胸につけています。

バースドゥーラという人的リソースの可能性をさらによく知り、それを効率よく活用していったほうが、母子にとってはもとより、NHS(国の保険制度)全体にとって良いことであるという見解は、指導的な立場の方々(スーパバイザ―やシニアミッドワイフなど、病院やバースセンターという組織の中でまとめていく立場の側)の間により広く伝わっている印象を受けます。

また、現場で日々働く病棟の助産師さんたちも、バースドゥーラを伴ったお産を体験すると、
その可能性について開眼して下さることもあります。例えば、これは先週のお産で私が受け取った助産師さんからのフィードバックなのですが、

バースドゥーラが付いているお産が初めてだったので最初はちょっと戸惑ったのですが、産婦さんにずっと付き添っていてくれる存在は正直有難いし、産婦さんも終始とても安心していたので、これはすごくいい!と実感しました。またぜひ一緒に働きたいです

といった前向きな感想を残される助産師さんも少しずつ増えてきています。同じチームの一員として、お産終了後には、みんなで赤ちゃんを囲んで記念撮影し、語らい、ハグし合ってお互いをねぎらうなかでピア(同志・仲間)な関係を築けると、産後のケアにもつながりやすくなります。

どういうことかというと、お産を済ませたばかりの褥婦さんがその様子をみて、安心されるのです。ああ、私のドゥーラと助産師さんたちは連携ができているな、と。事実、妊婦さんが個人的にドゥーラを雇った時から、ドゥーラプロフィールをカルテに入れてもらうことも可能ですから(妊婦さん本人が希望する場合)、当日、どの医療スタッフが受け持つことになっても、スタッフの方々は担当のドゥーラについて、その理念やポリシーについてまで知ることができます(私も提供されているドゥーラプロフィールのフォーマット用紙に従って、顔写真を貼り付け、陣痛が始まったらドゥーラとしてどのように産婦さんを支える予定かといったことなど、私なりに自由に書き出したものを妊婦さんに渡し、妊婦健診の際に提出してもらうようにしています。ちなみに、キングストン病院では、年間5,6千件のお産を扱っていると言われています。そのキングストン病院が配っている小冊子には、婦人科系、小児科医を含めた地域の医療機関の紹介と併せて、ドゥーラ個人の紹介も掲載されています)。

今回は私の地元であるロンドンの病院での事例を取り上げて書いてみましたが、助産師さんに歩み寄って頂き、私たちもまた心をこめて歩み寄り、助産師さんの立場をもっとよく理解して、それを産みゆく女性たちに伝え、できるだけスムーズなお産へのお手伝いができるなら、それは本当に素晴らしいことだと思います。いいお産が増えていきますように。。。

Recipes for Normal Birth(正常産のレシピ)

この写真が、赤とピンク、2色のフェルトで縫ったハンドメイド‘命の道’です。
この写真が、赤とピンク、2色のフェルトで縫ったハンドメイド‘命の道’です。

少し前に、ここロンドン南西部でSara Wickhamさん(http://www.sarawickham.com/tag/induction/)の勉強会に参加してきました。

Saraさんはイギリスだけでなく世界的に注目されている助産師さんで、単独でデータを収集し徹底的に検証するというそのインディペンデントな姿勢は本当に素晴らしいです。嬉しかったのは、12年くらい前にエジンバラ市内の看護大学で行われた数回の公開講座に出席(看護学生でない私のようなドゥーラも多く出席していました)していた私のことを覚えていて下さったことです。単に日本人は珍しかったのでしょうが、生徒一人一人に目を配る温かさを感じました。

ともかく、先日のロンドンでの勉強会は充実していて、そのタイトル、Recipes for Normal Birthも気軽に学べそうな魅力にあふれています。美味しいご飯のレシピが欲しいように、誰だって正常産のレシピって?と覗いてみたくなりますよね。サラさんにRecipes for Normal Birthを広めることになったきっかけを伺ってみました(文末の英文も参照)。

「世の中には様々なたぐいのお料理本や、‘これは効く!’という処方箋や、指南書などが出まわっていますが、すべての人にぴったり当てはまる一冊なんて存在しません。お産においても同じこと。一律に行うルーチン介入という考え方は、すべての女性にフィットするはずがないのです。これからはルーチンという発想から身を遠ざけ、前向きな気持ちで、より現実的になっていくことが求められているのです。つまり、助産師として、助産学生として、医師として、ドゥーラとして、産前教育者として、そしてその他多くの周産期母子ケアに関わるケアの提供者として、一人一人に考えてみてもらいたいのです。‘一体、何が自分の力でコントロールできる範囲のものであるのか。そして、どうやってもコントロールできないものは一体何なのか?’ということを。たとえ思ったように進まないシナリオに出くわしても、そこで乗り越えていけるだけの基本的材料(basic ingredients)を確認しておきましょう。想定外への対処法や、思わぬ必要性に備えて用意しておきたいリソースの詰まった袋(a kitbag of resource)は、お産に関わるすべての人がそれぞれに持っておきたい大切なレシピです」といった風に、お産の過程とお料理のイメージを重ね合わせています。確かに、Saraさんの仰るポイントは分かります。妊娠中から自分なりのレシピを整えておくことの大切さは、母子ケアに携わるケアギバーばかりではなく、実は妊婦さんにこそ意識してもらいたいなと思います。

妊婦さんの場合には、さまざまなことを冷静に想定しながらも、感覚的なものを総動員して、さまざまなレシピの中から自分のレシピを選ぶ。例えば、住んでいる場所、その時の赤ちゃんの様子、自分の体調や、もともとの体質、環境や周囲のサポートなど、その時の状況から総合的に判断して、‘これが今ある自分の持ち札の中で最善の選択であろう’と思えるものを選び、そこで最も必要なものは何かについて考える。つまり、何が自分の求めるもので、自分にとってそれは本当に必要なことかを見極めていく、といくわけです。

‘レシピ’という言葉がぴったりなほどにいろいろな要素がよくも悪くも盛りだくさんな今のお産。自分なりに真剣に学び、選択していくことが、産後の納得感やその後の充実した子育てにつながっていくとても大事なプロセスだと感じます。そして、シンプル イズ ベスト。お料理の場合も、原材料にこだわったシンプルなものほど美味しいことを忘れてはなりません。

脱線しましたが、Saraさんの勉強会では、赤いフェルトを使って‘命の道’を縫う手芸コーナーなどもあって、美味しいランチとともにとても充実した勉強会でした。お産が進まない時に、トイレにこもって便座に座ったりすることは知られていますが、その際に、アロマオイルを便器の中に数滴垂らすと効果的といった使い方や、分娩中の姿勢といった実用的な知恵や知識もこの日はいろいろと学びましたが、ドゥーラの私があらためて確認した何よりも得難いものは、ドゥーラの役割の根幹をなす‘お産においてただ純粋に寄り添う’ということの意味についてです。

妊産婦さんと一緒に過ごす。椅子に座っているだけでもいい。産婦さんの傍らでチクチク裁縫をしたり、陣痛中に編み物をしているだけでもいい。その存在がどれほどの力となり、実際のお産によいインパクトを与えるかについて、Saraさんはシステマティックに、また明快に説明し、会場のドゥーラたちを何度もハッとさせました。

彼女のオフィシャルサイトには、たくさんの論文が惜しげもなくアップされていて、人工オキシトシンを分娩中に使用する母子への影響について分かりやすくまとめられた論文

( http://www.sarawickham.com/wp-content/uploads/2015/07/05-2015-01-Synthetic-Oxytocin-looking-beyond-the-benefits.pdf )

なども読めます。産むかもしれない方には出来るだけたくさん眼を通しておいて頂きたいと願ってやまないものばかりです。「いくらでもダウンロードして使って下さい」とSaraさんご本人も薦めていらっしゃるので、オフィシャルサイトからこの機会にみなさんも無料でいっぱい学ばれてみてください。

Recipes for Normal Birth by Sara Wickham

I think we need to move away from thinking that routine practices are the answer, and to stay positive by getting realistic about what we – as midwives, student midwives, doctors, doulas, childbirth educators or other birth workers – can and cannot control.  We need to understand the basic ingredients, know how to adapt them when things aren’t going to plan, and have a kitbag of resources to draw upon when something a bit extra is needed.