潜在助産師という言葉を皆さんは聞いたことがあるでしょうか。私の中で「潜在助産師」といえば、助産師の国家資格を得て最初の数年間は施設勤務をしたけれど、結婚や出産を機に一時的に職場を離れ、その後、助産師として職場復帰しないというようなイメージが浮かびます。現在の日本には潜在助産師と呼ばれる状況の方は7万人ほどいらっしゃるそうです。私が数年間「ペリネイタルケア」(メディカ出版)に「ドゥーラからの国際便」というタイトルで連載させて頂いていた時にも、そのことがいつも頭の隅で気になっていて、コラムにも書いたことがあります。
10年ほど前、まだ日本に住んでいた頃に、「子どもを産むまではバリバリ実家の近くの総合病院で働いていたけど、あれから時間が空いてしまったし、子育てでも今の自分にはぜんぜん納得がいってないし、助産師として病院で働いていたなんて恥ずかしくてとても言えない」と、潜在助産師のお友達がこぼしていました。「周囲には絶対に言わない」と決めていらっしゃる様子が痛々しかったことを覚えています。もちろん私は「えー、言ってもいいじゃない!」と思いましたが、それがその時の彼女の在り様なのだから、彼女の‘ありのまま’を想い、信じることにしました。その後、彼女は助産師としてではなく、別の仕事に就いていますが、キラキラと輝き、働くママとして素敵な人生を生きています。
それにしても、子育て、転職、海外転勤、と人生にはいろいろあるもの。さまざまな事情はあると思いますが、せっかく助産師になったのであれば、そのスキルを眠らせておかずに、助産師パワーにあふれた生活を送ってもらいたいなと、助産師さんの一番の味方を自負する一人のドゥーラとしては願ってやみません。
そんな中、私が参加させて頂いているコミュニティーのひとつ(「お鍋の会」というお産関係のメーリングリスト)に、一年ほど前、ロンドンに到着したばかりという助産師さんからの書き込みがありました。世話焼きオバちゃんの私はすぐに、ようこそロンドンへ!と返信しました。そしてなんとその日のうちに娘の通う学校で待ち合わせることになったのです。そうやって急発展で助産師の西川直子さんとの交流が始まりました。
我が家を開放して開いている「らくだの会」には、コミュニティーミッドワイフ(ホームバースをメインに活動する助産師)の小澤淳子さんと一緒に西川直子さんには何度も足を運んで頂きました。一緒に時を重ねるうちに、お産に対する直子さんの熱い想いがひしひしと伝わってきました。今は現場にいないけれど、助産師として役に立ちたい、海外に住むことになった自分に何かできることはないのか?そんな思いを胸の奥に秘めながら、慣れない土地で幼い子どもたちを育てる直子さんのひたむきな気持ちが、すでに地元で助産師として働きながらネットワークを築いていたロンドン在住日本人助産師のみなさんを刺激したのでしょうか。ロンドンの助産師相談会の話があれよあれよという間に一気に軌道に乗ったようです。お互い見知らぬ者同士がほとんどだった最初の頃は、顔合わせの場として我が家を提供させて頂いていましたが、そのうちにメンバーが増え、距離の関係で直子さんのお宅へと移り、さらにはロンドンのイーリング市内のとある施設の一室へと移りました。
今では、毎週そこで長年開かれているベイビー&トドラーグループJ-Home byECCJ日本語教会(※)の集まりに、第一木曜日(10時)だけ、日本人助産師さん(ローテーションで担当)が母子相談にのるというボランティア活動が定着しました。場所は教会ですが、クリスチャンでなければ参加できないといったことは一切ないそうです。
直子さんは、病院勤務の現役助産師さんなどと比べ時間に余裕のある分、「忙しいみんなの代わりに何でもできることをします!」という姿勢でいつも協力して下さっていました。何かイベントを開くたびに、参加者の名簿や、各回の議題などをささっとまとめ、毎回またたく間に全員に配信してくれましたので、「らくだの会」も、直子さんのおかげでとても助かっていました。
その彼女が、再び、ご主人の転勤に伴いスペインへお引越しとなってしまったのです。いつもは旅立つ側の私が、めずらしく送り出す番です。涙をこらえ、彼女の助産師としてのパッションを称えながら、そして素敵なご縁に感謝しながら、「いってらっしゃーい!」と見送りました(つい先日、スペインへと旅立っていかれました)。
一人の潜在助産師さんが去った後、ここには眼に見えない絆、横のネットワークが置き土産として残されました。先述のイーリングの助産師相談会は、それぞれに想いをあたためていた助産師さん方は既に存在していたにせよ、直子さんのあの目覚ましい起動力がなければ今も最初の一歩を踏み出せていなかったと想像します。
つくづく、ひとりの力は大きいなぁと思います。たった一人では何もできない、ではなく、たった一人でもこんなにたくさんのことができるんだと痛感します。みんなが笑顔で子育てできるには一歩ずつ何をしていこうか、と真剣に考えている直子さんのような助産師さん。実はきっと、世界中にたくさんいらっしゃると思います。
直子さんは、「継続ケアの臨床経験は数年間しかありません」と公言されていました。でも私は、そんなことは気にしないでほしいと思います。助産師として臨床経験が多くても、中には、充足感を感じにくい職場状況で無理に働かざるを得ないままきているという方もいるでしょう。たとえ短い臨床経験であっても、多くの学びを得ながら豊かに自己研鑽し続けている助産師さんも多数おられることでしょう。
「助産師ですけど臨床経験少ないです。自分の子育ても自信ありません。でもお産が大好きです!赤ちゃんも大好きです!」と笑顔で体当たりしていく直子さん。そんな解放感あふれる彼女のもとに、たくさんの人たちが集まり、交流を深めることができました。‘くまなこさん’として、ブログも書かれていますhttp://ameblo.jp/jyosanshikuma/)。
世界中の潜在助産師さん!お産を扱っていなくても、職場復帰していなくても、まず、「私には助産師資格があります」と周囲に表明してみてくださいませ。そこから始まっていく新しい関係がきっとあると思います。
今回の私たちのように、(潜在)助産師が、住まう地域で、現役助産師、ドゥーラ、ヨーガインストラクター、臨床心理士、ヴェジタリアンの寿司職人、ヒプノバースのセラピストなどと繋がって、ローカルにお産シーンを盛り上げていくというのは、産みゆく女性とその赤ちゃんのこころの健康にとって常に大きな可能性を秘めていると思います。
他にも、自然食材の生産者、絵本作家、手作りのオモチャや手芸を作るアーティスト、美しい音色を聴かせるミュージシャンなど、その土地で活躍する他業種・異業種の横のつながりを大切にすることは、『いいお産の日』のイベントの盛況ぶりをみても分かる通り、女性が、母子が地域とつながるきっかけとなります。助産師がイベントの中核に携わっているけれど、助産師だけでは広げにくいダイナミクスと奥行きの幅をその活動にもたらすものです。だからこそ、ひとりひとりの小さな働きは、全体でみると、本当に大きいものなのですね。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉があるけれど、一人ずつがささやかな力を持ち寄って生き生きと動く時、まるでパズルがはまったように、新しい絵が見える瞬間がやってくる、そんな気がしてきます。
※ベイビー&トドラーグループJ-Home byECCJ日本語教会
268 Northfield Avenue,
Ealing, London W5 4UB United Kingdom
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