助産師さん、あなたは何者?

一昨日、バースドゥーラとしてお話をさせて頂いたのは、公開講座「患者学」、慶應義塾大学看護医療学部教授の加藤眞三先生が2014年に始められた講座です。今年からオンライン化されましたが、それまではリアルで信濃町の考養舎2階の講義室で行われていました。私もかれこれお話をさせて頂くのは4回目となり、なんとなくでも常連さんの心持ちです。聞いてくださる方々は素晴らしいパッションをお持ちの方々ばかりで、私のほうが新しい気づきや示唆を頂き、いつも深く恐縮してしまうばかりです。

ところで、私はおよそ17年前に自身の妊娠をきっかけに新聞のオンラインで家で助産師さんと産みたいという連載を妊娠中から産後にかけて書かせていただきました。そして15年ほど前にスコティッシュバースティーチャーズ協会認定のバースエドュケーターとなり、ほぼ同時期にバースドゥーラの資格もやはりスコットランドで取得して活動を始めています。

そこからロシア、アメリカ、イングランド、フランスと住み移り、今はフランス在住です。自分や夫の仕事の関係で20年以上ノマドのような生活を続け、これまでに8カ国に住んできましたが、バースドゥーラという肩書も、ようやく日本でも少しずつ知られてきているなぁと感じます。

(2020年夏に訪れた町田市としの助産院の素敵な院長さん)

日本初のドゥーラ団体、「ドゥーラシップジャパン」の理事としても、個人として「オーガズミックランドスケープ」の主宰者としても、これまで何千というバースストーリーに関わらせて頂きました。相談に乗ったり、不妊治療中の苦しみを和らげてさしあげたり、出産準備のメンタルコーチをしたり、瞑想セッションで関わったり、実際に分娩に携わったり(今はフランス語が話せないという理由でお産の付き添いは基本的によっぽどのことがない限りお引き受けしていません)、妊活中の方、癌治療、難病、身障者の方、子宮系のトラブルを抱えた女性へのサポートほか、出産への準備や産後の回復期や子育てを見守る存在として活動をしています。ここフランスにきて4年目になりますが、今では、加えてセクシャリティの講座をお願いされることも多くなってきました。

バースドーラには職域というか、活動の幅の限界はないと思っているので、大変!これはすべての女性にとって知っておくべきだ!と私自身が思えば、それについての気づきや発信をしたり、その方面ですでに活躍していらっしゃる方々を積極的に応援したりしています。

バースドゥーラという言葉を初めて耳にした方もいらっしゃるかと思いますので久しぶりにあらためまして、簡単に表してみましょう。「ドゥーラ」とは1970年代にアメリカの医療人類学者Dr. Dana Raphaelがこの言葉を母乳育児の分野で世界に紹介して以来、現在では妊娠期から産褥期、主に分娩時に、身体的、心理・社会的サポートを提供する人的リソースとして北米やヨーロッパを中心に再発見、認知されてきています。「ドゥーラ効果」と呼ばれるドゥーラを伴ったお産の利点を証明するたくさんの医学的根拠も世界中の研究でわかってきています。

説明、長いですよね。ぶっちゃけ一言で表すなら、ドゥーラとは、他の女性を援助する経験豊かな女性をいいます。経験豊かって、本当に様々な意味合いがあると思うんです。

例えばご実家が助産院で、幼い頃からたくさんのお産を身近に感じて育った女性が、ご自身は独身で出産体験はなくとも人を支えることが好きでドゥーラとして女性に寄り添っています!という方がいたり、

介護士さんや保育士さんのように弱者と呼ばれる存在をあたたかくサポートすることで社会に貢献してきた方が、その経験を生かしてドゥーラとして今度は女性支援にまわりたい、というケースがあってよいと思います。

特に、助産師さんは、ハッキリ言って、あらかじめドゥーラ的資質が全身から溢れ出ているようなタイプですから、自然とドゥーラに興味をもっていらっしゃることは多いです。

なぜなら、開業助産師さんならある程度の納得のいく仕事をこなせていても、勤務助産師さんとしてクリニックや病院などで歯車のひとつとして働く中で、システム化された周産期医療における助産の可能性の限界を感じてしまう、つまり、ご自分のオートノミーに限界を感じてバーンアウトしていく人が多いという話を耳にします。

そのお立場、置かれた状況、歴史を学べば学ぶほどに、本当によくわかるんですよね。今よりもう一歩解放されたポジションで女性をケアしたいからと助産師からドゥーラに転向されて女性に寄り添っていらっしゃる方も実際に2名知っています。

そのうちのお一人、イギリス人助産師Jさんは医療者の立場を捨て、非医療者になってからでなければ、産中の女性のありようをありのままに受け取って、辛抱強く見守るサポートができなかったと話しています。

(代表をさせて頂いているパリの妊娠・出産・子育てサポート)

そんなお話に触れると、Aさんがそこまで思い詰めて助産師免許を手放さざるを得なかった背景を想像して私は悲しい気持ちになります。ケアギバーとしてゆったりと女性の産む力を見守り、助産本来の妊産婦に寄り添う、待つお産、それがどんなに価値のあるものか、助産学を学んだ者であれば知識としては知っているはず。なのに、その知識を実践できない。これほど残酷なことがあるんでしょうか。

いいですか。「小さい頃から私は赤ちゃんが大好きで、、、」そんなあふれる思いから助産師を目指す方の多いのが、助産という職能です。でも、大学病院や大病院など施設で日々お産に携わる助産師さんが今の現場で課されているものは、医療のプロフェッショナルとして日々タスクがあまりに多いのです。責任もプレッシャーも作業も、そのすべてにおいて正確さ、緻密さが求められ、彼女たちの緊張は計り知れません。

しかも、かわいい赤ちゃんが大好きな女性たちですから、ご自身も幼いお子さんを抱えたお母さんであったりします。すると、職場での近況を強いられる勤務助産師としての時間と、オフの母親としての生活とのバランスがうまくとれず、心身の健康を損なってしまうことがあります。

妊産婦さんの心のケアや、ましてやケアギバーとしての自分自身の心のケアなんて存分にできない、といったお声を海外でもよく耳にします。助産師の方々が実は一番葛藤を抱えていらっしゃるんですよね。

私は助産師さんとのお産で目覚めて速攻でバースドーラになったような人間ですから、助産師さんのその深い葛藤が、まざまざと手に取るようにわかるし、複雑な心境がとっても理解できるんですね。

だからこそ、私に何かささやかなことでもできないかと思い、スコットランド・エジンバラと、イギリス・ロンドンでは、毎月自宅を開放して、地元の助産師さん方をねぎらう会やポジティブバースムーヴメント(PBM)などを開いていました。

引っ越しでまだダンボールが転がっていても、引っ越し前後は頻度は低くなってても、どこの国であっても、継続してそれだけは意識して続けてきたんです。

というか、続けようと思わなくても自然と振る舞っていたら、こうなっていた(笑)。

どの国に住むことになっても、地元の助産師さんと繋がり、どんな場所でも交流会を継続していた、という感じですね。

もし私が死んで残るのは家族と助産師さんへの愛だと思うくらい、助産ラブ❤️です。助産師さんラブではなくて、お産の助産的アプローチラブ、です。

だから、そのアプローチを心身ともにインストールされているはずの助産師さんには、本来発揮できるはずの助産という職能の奥行を思い出し、ご自身が何者であるかを本当の意味で知っていてほしいなぁといつも思ってきました。

そういう意味で、今のように若い助産師さんが開業する未来を描きにくい状況は本当に嘆かわしいと思っているんです。

だって、一番歴史ある職業ですよ。

女性に寄り添い、信じて、生理の範疇で起こるすべてのプロセスを見守ることのできる職業。

忍耐強く、頑固で、それでいて柳のようにしなやか人物像でしょうか。

地球の半分は女性ですよ〜。その女性たちには助産師さんの手が必要です。

学生時代に学ぶ医療者としての姿勢は、医師や看護師のそれとは本来、根本的に助産師は違うんです。助産師と看護師の見分けすらつかないなんて悲しすぎる。

女性たちみんなに、もっとその違いに気づいてほしい!って、微塵も変わらずに飽きもせずしつこくコレ15年間言い続けてます(笑)。

あれ、ブログ書いていたら患者学から大幅に脱線していましたね。長くなってしまうので、続きはまた次回に〜♪

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