第7回 ココロの耳:北国で、予感

今回のエジンバラ生活には、私の人生にとって、とても重要な何かが控えている『予感』がする。

それは、かすかに響く耳鳴りのように、この国に住むことが決まって以来、どこかでずっと感じていた懐かしい感覚。

言いようのない感謝の気持ちに満たされて夏至も越えた今、それは自分の中の天が伝えている予言という言葉にしてしまっても大丈夫なくらい、自分のなかで確かなものとなりつつある。

人生は、自分のこころの声にシンプルに従っていればいいのかもしれない。

そうやって、ココロの耳を澄まして、その内なる声だけを濾して、自分が、こころの底からほんとうにしたいと思うことだけをしていくだけで、ほんとうは、いいのだ。


私は今までヘンに片意地を張ってがんばり過ぎていたところがあったかもしれない。

自分の本当にしたいことって、なんなんだろう。


日本を発って、まだ雪のちらつくエジンバラ入りし、ホテル滞在をへて、住む家を見つけ、生活も少しずつ落ち着いてきた今、ようやくそれを探すこころの旅に出るころなのかもしれない。

どうしても行きたい場所

白夜(ホワイトナイツ)は本当に一晩中明るい。

それでも、一番暗い時間帯はAM1時半くらい。

その時間帯には月が見える。

美しい。。。

あまりにも神々しい。。。

せっかくスコットランドに住んでいるのだから、ピンと感じるものがあれば、もっと迷わずにこれからはどんどん試してみようかなと月に話す。

私の中にあらかじめ備わっている感じる力を高めるためにも、自然との一番身近な架け橋である木々や草花とたっぷりふれあいたい。

娘を先生にして、無心に遊んでいるうちに、なにか見えてくるかもしれない。

そんな自分との対話が月を愛でていると浮かんでは消えていく。

そのうちに時間をつくって、いくつかの場所に行ってみようとも思いたつ。


自分がどうしても行きたかった場所がこの国にはいくつかあるのだ。

そのひとつ、北極に限りなく近いオークニー諸島には、思い立ったが吉日とばかりにさっそくこの週末に行くことにした。

2歳の娘を連れてどこまでまわれるか分らないが、オークニー諸島の島々にある、紀元前2500年から2000年の間に建てられたと考えられているストーンサークルや、新石器時代の集落跡、墳墓などを気ままに訪れてみたい。

子連れで、最果ての島めぐり。

どうなることか。

オークニー諸島へ行く飛行機は小型で、機内で病人が出たりで、乗り継ぎも大変で、近いようで結構大変だった。

以前、イースター島やガラパゴス諸島を訪れたが、その時の感覚に似ている。

地図で見ると一見近いようで、やっかいな処。

到着してドッと疲れがでた。ホテルは海沿いで、海に面した公園には娘が遊ぶのにちょうど良い滑り台があった。

それにしても、寒い!

風が信じがたい強さだ!

イギリスの南極探検隊を率いたアーネスト・シャクルトンの映画(ナショナル ジオグラフィック)で氷壁を乗り越えて生き延びる隊員たちの実話に感動して嗚咽するほど泣いたが、あの映画で私が擬似体験したシェットランド地方の氷のような風を感じる。

あ、ちょっと大袈裟だった。

だってシェットランドはさらにもっとずっとずっと北だから。

でも超さむがりの私は、本当に風に弱いのだ。

どうやってこのオークニー諸島の人々は生きているのだろう?

「ゲド戦記」のクライマックスに出てくるような、アーシュラ・K・ル=グウィンの描きたかった最果ての地がここではないか、そう思えるような断崖絶壁。

恐ろしい海風。

漠々と広がる空。

ここまで書いておきながら、

私は、この風の中で、

血が騒ぐ。

そして、翌日訪れた先史時代の遺跡(世界遺産)、スカラブラエにて、私は幻視を体験する。

娘をスリングに入れて遺跡群を歩き回っていたら、急に視界がさあ〜っと開けて、すっかり温かい小春日和のようになって、そこに大昔の家族が住んでいる様子がありありと視えたのだ。

男たちが採れた魚を囲んで何か話している。その後、それらを村の女たちの一人(私)が受け取って、一緒にキレイな白い貝も、ある男性から受け取る。

少し歩いて穴蔵のような半地下の居住空間に戻り、子どもにそれを与えている。

満ち足りてとっても幸せな私。

それが鮮明に感じられた。

幸福感。

先史時代からの、幸せな気持ち。

私たち女が頼りにしてきた産みつなぐ喜び。

なんだか言葉にできない充足感を感じた。

なーんだ。

やっぱりそうだったか。

先史時代の女たちも幸せだったよ。

今よりずっと幸せだったかも知れない。

その女の子宮と私の子宮がダイレクトに繋がる。

古い場所に行くと、意識の磁場がプラグインされて、いきなり時間旅行に飛ぶ。

彼女は、私。

今は過去。

過去は未来。

パラレルに時々刻々と成っていくこの世界。

私は、とんでもない時間と時間の合間に来てしまった。

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お読み下さりありがとうございました。

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第6回 光と影☯️なぜ炎に惹かれるの 

あらためて、日本を離れてから今日までの数カ月間を振り返る。

子どもを介して人々と交わす一期一会のやり取りから、ちょっとしたこと、

でも、同時に、

今の自分にとってはとても大切なことに気づかされることの連続だ。

エジンバラでの日常生活では、電車やバスに乗り込んだり、川沿いや土手を散策していると、話しかけられることがある。

例えば、電車の中でこちらがハラハラするほど娘が騒いでいるのに

『Oh!ゴージャスな娘さん、今いくつになるの?』

と大学生の娘さんに尋ねられ、日本での学生時代の思い出話をすることになったこともある。

芝生の上を娘が子犬のように走り回っていれば、鳩の餌づけをしていたおじいさんに
『今日は寒いけど君たちは暖かそうだから大丈夫だね』と目を細められた。

そのまま一緒に、しばらくの間、言葉の要らない静かな時間をおじいさんと共有したこともある。

存在を認知される安心感

子どもという存在を介して生まれる、世代も性別も言葉すらも超えたやりとりは、子育てする者をふんわり支える力だなあと思う。

私が、引越しやその後の片づけで髪を振り乱しているとはいえ、日本語の通じない外地にあって、育児ストレスをそれほど感ぜずに済んでいるのも、ここスコットランドでの日常生活に散りばめられたさりげない他者との交流のおかげかもしれない。

意味があるのか、ないのか分からないような言葉でも、ほんの一言かけられるだけで、ただそれだけで、‘あなたたち親子がそこにいるのを私は知っていますよ’と、存在を認知された安心感で満たされる。

迷惑なのでは。。。と周囲の大人たちの顔色を伺っていた日本での子育てとはずいぶん違う。

‘子どもは天使—’少しおおげさかもしれないけれど日本を離れて以来、そんなことを折に触れて、何とはなしに肌で感じている今日このごろ、スコットランドの空はどこまでも高い。

そして、昨晩は、この国で迎える初めての夏至だった。

ドルイトの時代からメンヒルを囲んで祈り、未来を占っていたsummer solstice。

ケルトの影響もあって、エジンバラでは裸祭のような物凄いお祭りがカールトンヒルという丘の上で一晩中開催される。

私も娘をスリングに入れて冷やかしに行ったが、夜中の12時からスタートで、

全員が裸かトップレス。体には塗料や泥を塗り込んで非常にエロティックだった。

松明の明かりだけで、炙り出された皮膚に艶かしく髪の毛がかかり、白い腕や丸いお尻がぶるぶると揺れ、雄叫びや、ドラムの音色に激しく高揚しながら男女が聖なる空間をつくり、浄化していく。

観ているだけで、こちらまでカラダがくねり出したくなるような、性欲を掻き立てるとんでもないお祭りであった。

娘がぐっすり眠っているのに、母の私ときたらDNAが騒ぎ出し、結局数時間身動ぎもせず立ち見をした。

日本でも男根祭りは各地にあるが、性をあからさまにして尊ぶ儀式は真理をはらみ、共通点も多い。

結局、この宇宙は陰と陽。

男と女

光と影

今はアセンションの時代なのだなあ。。。

私はなぜかカラダに抜けていったエネルギーを感じながら、このお祭りに自分が呼ばれた訳が分かった気がする。

娘がいなかったら、自分も裸になって仲間入りしたいくらいだった!

深夜の12時過ぎにようやく空が暗くなって、午前2時ごろには早々と白み始めるスコットランドでの生活に、今の私ほど救われている人間はいないと思う。

夜9時でもこんな明るさ(写真)だから、1日が長く、思いっきり満喫できるのだ。

つい先日も、長い時間と労力をかけてあたためてきた仕事が見事ポシャってしまったというのに、この空のおかげで、気持ちはこんなにも穏やかなままなのが自分でも不思議なくらいだ。

失敗があるということは、成功を見極められる。

何度でも転んで、何度でも、そこから学べる。

この人生は、素敵なゲーム。

泣く自分も、激しく怒る自分も、笑顔の自分も、エロい自分も、わがままな自分も、観音のような自分も、みんなみんな自分であって、良い。

女神イナンナだって、その影の姿を持っていた。

イザナミだって、アルテミスだって。。。

女はそういう得体の知れないもの。

未知の顔を持つ生き物。

白夜のおかげで、私は白蛇のようにぬらぬらと目覚め続け、娘を寝かしつけた後も、たっぷりと時間がある(ように感じられる)ことから、ずっと読みたかった本を読んだり、長いこと聞いていなかったCDを最初から最後まで聴きなおせたり、いろんなことを徒然にまとめたり、考えられる余裕がある。

日本で活動していた時のこと。。。

待っていてくれる家族や大切なともだちのこと。。。

これからのこと。。。

明るい太陽のしたでは思い耽ることのないような人生の事ごとが、窓越しに差し込む薄明かりのもとでは、綿菓子のようにふんわかと、心に浮かんでは溶けていく。

そうやって、居心地のよい時がしばし流れてから、そっと娘の寝顔を見下ろすと、たまたま生かされていることの不思議をしみじみと想う。

『どんな存在にも、生まれてきた目的がある』

雲は、真夜中でも太陽の光がないだけで、刻一刻と動きを止めず流れていると肌で分かったり。

暗闇があるからこそ星が瞬いていたことにあらためて気づいてハッとしたり。

そんな当たり前過ぎることに驚いてしまう自分に、また驚いたりする(馬鹿か)。

自宅前の公園に夜10時くらいに出没したリス(写真)を目で追いながら、白々とした白夜の光は、現実を万華鏡さながら、くるくると円を描くように変容させながら映し出してくれるものなのだ。

こうして、静かに過ぎていく『今』にも、

また、

結果的には報われなくても、

自分なりに向きあった『過去』にも、

どれにも大切な意味があると、こころから思える今宵。

いつまでも私を包んでくれるやわらかい光以外に、

私はいったい何に感謝すればいいのだろう。

『どんな人にも、生まれてきた目的がある。人生で起きるすべてのことは偶然にみえるけど、すべては必要があって起きている。そして誰もが、自分自身の人生のストーリーをあらかじめ書き終えてからこの世に生まれてきている』

今の時期に地球のこの位置に自分が在るのも、目的あってのことなのだ。

このブログを読んでいる貴方にも、とんでもない目的があって、今のここに生かされている。パラレルに体験している人生では全員が主軸。

主役である。

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お読み下さりありがとうございました。エジンバラに住んでいた10年以上昔のブログを復刻させたものですが、ひょっとして子育て中の方の参考になるかもしれない?と思いました♪

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第5回 墓石の効能、時間旅行

この建物が220年以上前に建てられたことを思うと、いろいろなことはすべて納得できるような気がする。

古い建物には、気軽に窓一枚開けられないような物々しさがあって当然なのだ、と。

もし、誰も彼もが、やれ不便だ、危険だと建て替えていたら、この建物だって、今ごろはとっくに存在していないだろう。

バーベル上げの選手の気分が味わえる古ぼけた窓枠への気持ちも微妙に変わってくる。

趣ある街並みがこうして昔のままに残されているのは、古いものへの審美眼が人々のなかに歴然とあるからなのだ。

この価値観から子育て中の私は本当にたくさんのことを学んでいる。

窓の外は、この数週間で劇的に冬から春に移り変わってきた。

目の前のプライベートガーデンの木々が本当に美しい。

たそがれ時、片づけの手をいっとき休めて目を瞑ると、この建物にはじめて移り住んだ主の、いかにも誇らしげにこの窓辺に歩み寄った昂揚感が伝わってくる。

220年前は、ドクターが家までやって来て赤ちゃんを取り上げていたそうだから、この家に元気な産声の響いた日もたくさんあったに違いない。

同時に、天に還る小さな命を見送った日もあっただろう。。。

とりとめもなくそんなことを想像しているだけで、家という空間が、単に日常生活を展開する場ではなく、過去につながることのできるタイムトンネルそのものに思える。

特に昨晩は、怒涛のごとく流れ去ったこの数カ月間を思い起こして、珍しく少し感傷的になった。

なんで私が転勤族の妻として、こんな部屋で今、子育てしているのか?

まるでガラス越しに覗き込む誰か別の女の人生のような気がして不思議な気持ちになったのだ。

古い時代のガラス、波打つ表面を持ついわゆる‘アンティークガラス’越しに

見える景色がセピア色にかすんで見えて、味わうジンジャーワインの味はすごく苦く感じられた。

こんな苦いもの、美味しく飲める日がくるんだろうか。。。

いや、飲める。

「時間がたてば、この家に私も受け入れてもらえる」

‘住めば都’とは、町だけでなく、家の中の空間にも当てはまることなのだ。

子どもと。

慣れない母親業をこなそうとしている私と。。。

娘はどうかわからないけど、

私は一生懸命、この時空間に馴染もうとしている。

夫は仕事ばかりでいないので、ワンオペというか、母娘の協働だ。

それにしても、子どもはありがたい。

子どもと一緒に生活していると、大変ですよそれは。

おしっこ臭くなるし、手でうん◯をキャッチすることもあるし(特に今、オムツはずしの段階的トレーニング中)、あまりに言うことを聞かない時にはついポカンと頭を叩いてしまってズドーンと落ち込むこともある。

私自身が幼い頃から、躾の名の下に体罰を加えられてきて非常に苦しんだから、それを自分がしてしまう時には本当に死にたくなるくらいにまで落ち込んでしまう。

それでも、場所も時間も超えて素敵な気づきが子育て中はいっぱい起こるのは確か。

先日、北部の街アバディーンへ2泊3日の旅をした時もそうだった。


街一番の目抜き通りを娘と2人でぶらついていると、子どもたちの弾けるような笑い声がする。

2歳になる娘が『どこから聞こえてくるのかなぁ』とキョロキョロしながら歩いていくと、それはなんと、大通りに面した教会の墓地から響いてくるのだった。

教会の裏庭にあたる墓地には、年代ものの墓石がズラリと立ち並んでいる。1630年とか、とんでもない時代にまで遡る墓石もある。

その墓石群の間を這うようにしてつくられた小道(写真)で、4−5歳くらいの子どもたちが数人で追い駆けっこをしていたのだ。 

え〜墓石に子ども!?

なんで追いかけっこ〜!!!!

その組み合わせに一瞬ギクッとしたが、よく見てみれば、親とおぼしき大人たちが数組、少し離れたベンチに座って傍らのゆりかごを揺らしながら楽しそうにくつろいでいる。

ぐるりと墓地全体を見回してみると、いたるところに備えつけられたベンチでは、カップルが気持ちよさそうに日向ぼっこをしていたり、スーツ姿のビジネスマンがサンドイッチをかじっていたりする。

そう、それはまさに『公園』の風景なのだ。


写真のように子供たちが走り回っている↓

もしも苔むした墓石群が彼らの背後にそそり立ってさえいなければ、どこにでもあるありふれた公園の昼下がり、にしか思えない空気感。

私はポーンと異空間に飛ばされたような気分になった。

そして次の瞬間、私たちもその光景のなかに入っていた。

娘が子どもたちに向かって走り出したのだ。

『こら待てっ!』と娘を慌てて追いかけても、あっという間に彼女は子どもたちの遊びに加わっていた。

ま、いっか。バスに乗り遅れても。

そう思った私がため息をつきながら近くのベンチに腰をおろすと、隣に座っていたおばさまが、『元気そうな子だねー』と買い物袋をガサゴソさせながら笑った。

苦笑してから私は、思い切って自分の感じているこの場所に対する、なんとも言えない不思議な感覚を彼女に身振り手ぶりで伝えた。


すると、そのおばさまはこちらの予想もつかないことを言うではないか。

『墓を見てると、ふだんは考えないことを考えない? みんな誰もがいつかは死ぬの。こんなふうに古ぼけた墓を見上げていると、昔や今やこの先のことをふと立ち止まって考えられるから、私はとってもいいと思うの。あなたはこのお墓をみて何を思う?』

そう逆に質問をされて、私は答えに窮した。

確かに、おばさまの言うとおり、お墓を眺めていると、その下に埋葬された人が一体どのような人生を送ったのだろうといつのまにか想いを廻らせてしまう。

私自身が子育ての真っ最中だからかもしれないけれど、いかに有名だったかという現世的な成功より、その人物がいったいどんな幼少期を送ったのだろうかといった、よりプライベートな個人史のほうに想像が膨らむ。

この墓石の下に眠っている人は、大人になってどこで誰と、一体どんなふうに廻り逢い、どんな気持ちで親になったのだろう。。。子どもは何人いたのだろう。。。

そして今、自分は人生のどのあたりにいるのだろう?

墓石の間に見え隠れする娘の影を目で追いながら、今の自分の位置感覚を知りたいという願いが突然、閃光のように頭をかすめる。

限られた『人生』という時間のなかで、私はきちんと『今』をキャッチして生きているだろうか。

過去に囚われたり、未来が怖くて進めないでいるんじゃないか。。。

急におばさまがスーパーの袋をつかんで立ち上がった。足元の鳩がびっくりして飛びのいた。

『大変!もうバスが来るから行かないと。お話しできてよかった、じゃさようなら』

人の気持ちを根底から揺さぶる問いを残して、彼女は足早に墓地を去っていった。

娘は墓石の脇から顔を覗かせて、クククッと笑い声を立てている。

娘よ。

なにがそんなに嬉しいんだろう。

小さな天使は、母が『お墓公園』に迷い込み、予期せぬ時間旅行を体験することをあらかじめ知っていたのだろうか。

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お読み下さりありがとうございました。

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