第5回 墓石の効能、時間旅行

この建物が220年以上前に建てられたことを思うと、いろいろなことはすべて納得できるような気がする。

古い建物には、気軽に窓一枚開けられないような物々しさがあって当然なのだ、と。

もし、誰も彼もが、やれ不便だ、危険だと建て替えていたら、この建物だって、今ごろはとっくに存在していないだろう。

バーベル上げの選手の気分が味わえる古ぼけた窓枠への気持ちも微妙に変わってくる。

趣ある街並みがこうして昔のままに残されているのは、古いものへの審美眼が人々のなかに歴然とあるからなのだ。

この価値観から子育て中の私は本当にたくさんのことを学んでいる。

窓の外は、この数週間で劇的に冬から春に移り変わってきた。

目の前のプライベートガーデンの木々が本当に美しい。

たそがれ時、片づけの手をいっとき休めて目を瞑ると、この建物にはじめて移り住んだ主の、いかにも誇らしげにこの窓辺に歩み寄った昂揚感が伝わってくる。

220年前は、ドクターが家までやって来て赤ちゃんを取り上げていたそうだから、この家に元気な産声の響いた日もたくさんあったに違いない。

同時に、天に還る小さな命を見送った日もあっただろう。。。

とりとめもなくそんなことを想像しているだけで、家という空間が、単に日常生活を展開する場ではなく、過去につながることのできるタイムトンネルそのものに思える。

特に昨晩は、怒涛のごとく流れ去ったこの数カ月間を思い起こして、珍しく少し感傷的になった。

なんで私が転勤族の妻として、こんな部屋で今、子育てしているのか?

まるでガラス越しに覗き込む誰か別の女の人生のような気がして不思議な気持ちになったのだ。

古い時代のガラス、波打つ表面を持ついわゆる‘アンティークガラス’越しに

見える景色がセピア色にかすんで見えて、味わうジンジャーワインの味はすごく苦く感じられた。

こんな苦いもの、美味しく飲める日がくるんだろうか。。。

いや、飲める。

「時間がたてば、この家に私も受け入れてもらえる」

‘住めば都’とは、町だけでなく、家の中の空間にも当てはまることなのだ。

子どもと。

慣れない母親業をこなそうとしている私と。。。

娘はどうかわからないけど、

私は一生懸命、この時空間に馴染もうとしている。

夫は仕事ばかりでいないので、ワンオペというか、母娘の協働だ。

それにしても、子どもはありがたい。

子どもと一緒に生活していると、大変ですよそれは。

おしっこ臭くなるし、手でうん◯をキャッチすることもあるし(特に今、オムツはずしの段階的トレーニング中)、あまりに言うことを聞かない時にはついポカンと頭を叩いてしまってズドーンと落ち込むこともある。

私自身が幼い頃から、躾の名の下に体罰を加えられてきて非常に苦しんだから、それを自分がしてしまう時には本当に死にたくなるくらいにまで落ち込んでしまう。

それでも、場所も時間も超えて素敵な気づきが子育て中はいっぱい起こるのは確か。

先日、北部の街アバディーンへ2泊3日の旅をした時もそうだった。


街一番の目抜き通りを娘と2人でぶらついていると、子どもたちの弾けるような笑い声がする。

2歳になる娘が『どこから聞こえてくるのかなぁ』とキョロキョロしながら歩いていくと、それはなんと、大通りに面した教会の墓地から響いてくるのだった。

教会の裏庭にあたる墓地には、年代ものの墓石がズラリと立ち並んでいる。1630年とか、とんでもない時代にまで遡る墓石もある。

その墓石群の間を這うようにしてつくられた小道(写真)で、4−5歳くらいの子どもたちが数人で追い駆けっこをしていたのだ。 

え〜墓石に子ども!?

なんで追いかけっこ〜!!!!

その組み合わせに一瞬ギクッとしたが、よく見てみれば、親とおぼしき大人たちが数組、少し離れたベンチに座って傍らのゆりかごを揺らしながら楽しそうにくつろいでいる。

ぐるりと墓地全体を見回してみると、いたるところに備えつけられたベンチでは、カップルが気持ちよさそうに日向ぼっこをしていたり、スーツ姿のビジネスマンがサンドイッチをかじっていたりする。

そう、それはまさに『公園』の風景なのだ。


写真のように子供たちが走り回っている↓

もしも苔むした墓石群が彼らの背後にそそり立ってさえいなければ、どこにでもあるありふれた公園の昼下がり、にしか思えない空気感。

私はポーンと異空間に飛ばされたような気分になった。

そして次の瞬間、私たちもその光景のなかに入っていた。

娘が子どもたちに向かって走り出したのだ。

『こら待てっ!』と娘を慌てて追いかけても、あっという間に彼女は子どもたちの遊びに加わっていた。

ま、いっか。バスに乗り遅れても。

そう思った私がため息をつきながら近くのベンチに腰をおろすと、隣に座っていたおばさまが、『元気そうな子だねー』と買い物袋をガサゴソさせながら笑った。

苦笑してから私は、思い切って自分の感じているこの場所に対する、なんとも言えない不思議な感覚を彼女に身振り手ぶりで伝えた。


すると、そのおばさまはこちらの予想もつかないことを言うではないか。

『墓を見てると、ふだんは考えないことを考えない? みんな誰もがいつかは死ぬの。こんなふうに古ぼけた墓を見上げていると、昔や今やこの先のことをふと立ち止まって考えられるから、私はとってもいいと思うの。あなたはこのお墓をみて何を思う?』

そう逆に質問をされて、私は答えに窮した。

確かに、おばさまの言うとおり、お墓を眺めていると、その下に埋葬された人が一体どのような人生を送ったのだろうといつのまにか想いを廻らせてしまう。

私自身が子育ての真っ最中だからかもしれないけれど、いかに有名だったかという現世的な成功より、その人物がいったいどんな幼少期を送ったのだろうかといった、よりプライベートな個人史のほうに想像が膨らむ。

この墓石の下に眠っている人は、大人になってどこで誰と、一体どんなふうに廻り逢い、どんな気持ちで親になったのだろう。。。子どもは何人いたのだろう。。。

そして今、自分は人生のどのあたりにいるのだろう?

墓石の間に見え隠れする娘の影を目で追いながら、今の自分の位置感覚を知りたいという願いが突然、閃光のように頭をかすめる。

限られた『人生』という時間のなかで、私はきちんと『今』をキャッチして生きているだろうか。

過去に囚われたり、未来が怖くて進めないでいるんじゃないか。。。

急におばさまがスーパーの袋をつかんで立ち上がった。足元の鳩がびっくりして飛びのいた。

『大変!もうバスが来るから行かないと。お話しできてよかった、じゃさようなら』

人の気持ちを根底から揺さぶる問いを残して、彼女は足早に墓地を去っていった。

娘は墓石の脇から顔を覗かせて、クククッと笑い声を立てている。

娘よ。

なにがそんなに嬉しいんだろう。

小さな天使は、母が『お墓公園』に迷い込み、予期せぬ時間旅行を体験することをあらかじめ知っていたのだろうか。

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お読み下さりありがとうございました。

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第4回 仰天続きのご挨拶めぐり

ピンポーンと鳴ると犬が激しく鳴いて私は身構えた。

動物は大好きだがハウスダストやアニマルアレルギーなど、過敏症である。

程なくして開いた扉からニュッと出た顔は、キャプテンクックのように、片目が眼帯で覆われていた。赤いズボンに紺色のポロシャツ、ステッキを持っている初老の男性。

人を見かけで判断してはいけないと思ったが、私は自分が少し緊張しているのを感じた。

驚くほど大きな声で、その男性は『ハロー!!!』と言った。

その声で娘が起きた。

私はそのわずか数秒で、この男性には父親になった経験がないことを悟った。

奥から、エプロンで手を吹きながら、メガネをかけた女性が顔を覗かせたので私はホッとした。彼女は内縁の妻、エリザベスさんだった。

石鹸を手渡すと、『では失礼』と階段を降りようとする私を彼女が引き留め、『よかったら眺めを見て行って』、と言う。

なんということ!

3軒目のご招待だよっ!

この国では家を見せるのが礼儀なのだろうか?

それとも、私、警戒されているのかな?

それとも、人受けしすぎの性格なのかな?

とにかく、私にはよく分からない。

断るのが失礼なのか、

断らないのが失礼なのか、

インターネットがあれば、挨拶まわりの前にいろいろググっただろうけど、入居から2週間もたつというのに、いまだ電話もインターネットへの接続も、ない。

自分のカンで出たとこ勝負で振る舞うしかないのだ。

私は、ここで断って後悔するよりも、お誘いに乗らないで後悔する方が悲しいと思い、潔くお邪魔することにした。

先ほどの犬はポリーいう名の黒いラブラドール。

眼帯の男性はアリスター氏。内縁の妻エリザベスさんと二人暮らしでお子さんはいない。

なんでも、エリザベスさんはアンティーク時計の修理工房を営んでいるらしく、『グランパクロック(おじいさんの古時計)』とか、『グランマクロック(おばあちゃんの古時計)』と呼ばれる振り子のついた時計が部屋にもあった。

アリスター氏はアンティーク収集家で、部屋中に絵画や彫刻が並んでいる。

重厚な家具の数々に、由緒正しそうなパイプのコレクション、部屋中まさに足の踏み場もないのに、ラブラドールのポリーはスルスルとその間をうまくすり抜けながらお気に入りのラグの敷いてあるあたりへ移動する。

これでもかーと骨董品が押し込められた部屋の真ん中には、大きなガラスに入った戦艦の模型があった。

それも木で出来たもので、かなりの年代物だ。

アリスター氏は、テストの時間と言わんばかりに私を泳がせる。

自由に泳がせているようで、監視されているような。。。

どう振る舞い、何を言うか、試されているような気がして仕方がない。

壁に鎮座した版画の連作を指差して、これは。。。で、とても有名な。。。などと、

一つ一つをしごく丁寧にウンチクを述べていくのだ。

それが、痺れを切らすほど長い。

私の方に知識がないから、話をそらそうにも上手く誘導できない。

と突然、私の内側から、

『私は、母だ!』

という小さな声が聞こえてきた。

瞬間のことで、小さな声は書き消えてしまいそうだった。

でも、声は大きく次に聞こえた。

『この人に嫌われても構わない。あきこ!自分を出して!』

私が育児街道まっしぐらの母親で、版画の収集なんて今の私には関心がない。

そんな版画のことよりも、起き出してぐずっている娘をなんとかしたい。

同時に、

『よくもさっきは娘をデカい声で起こしてくれたわね〜』

そして、よくもまあ長々と骨董品の説明を。。。というアリスター氏への想いが湧いてきてしまったのだ。

次の瞬間だった。

『I am not interested in art (アートには興味がありません)』

と彼の瞳をじっと見つめて私は言っていた。

気まずい空気だった。

エリザベスさんも驚いたようだった。

でも、なんとなく私の中の何かが警告していた。

この人のペースにハマったら、この先暮らしにくくなるよ〜ん、と。

ピロロロ〜という直感らしきものが伝えるものが、私をいつも助けてきてくれた。

今日もそれが発動したのだ。

はっきりと言い放った後、慌てて私は『でも、素敵なお二人に興味があります。今後とも良き隣人としてどうぞよろしくお願いします!では!』と伝えて、にこやかに退室した。

なんという不遜な態度!と自分でも呆れるが、このおかげで、後日談だが、アリスター氏とエリザベスさんとは仲良くなってしまった。

さてさて、まさにごったがえしの毎日だ。こまごまとした手続きのために市役所や日本領事館、不動産屋、郵便局などにでかけるため、午後中はほとんど家にいない。

最も困っているのは、日本のスタンダードとこちらのスタンダードがずいぶん異なること。

リフォームを終えたばかりで住み始めたというのに、インターフォンや給湯器が動かなかったり、窓枠が壊れているせいで、毎朝のように誰かしら訪ねてきて、トンカントンカンやっていくことが多いのだ。

そのせいで、荷ほどきが思いのほか遅れている。

日本からの荷物でひとつ残念なことは、ダンボールを開けてみたら、CDコンポと畳マットの縁が破損していた。

畳は保障対象外、CDコンポについては保険が100ポンドおりるということなので、新しいものをここで買うしかないか。

そんなとある夕方、スリングのなかで眠ってしまった娘と、パン屋の紙包みを小脇に抱えた私は、重たい鍵を開け、足を引きずるように帰宅した。

果たして、空のダンボール箱は巨大な山となって部屋を占領し、無造作に積み重ねられた本の脇には、梅ぼしの瓶がゴロリと転がっている。

ああ頭痛!

愚痴っていても仕方がない、それは分かっている。

でも急に情けなさがこみ上げてきた。

外国なのだから、生活が落ち着くまでにはハードルがたくさんあって当たり前なんて今日は思えない。

家のつくりのせいで、リビングの開口部は基本的に開けられないとか、娘だけが階段にいる状況をつくらないようにするとか、いろいろな制約がある。

ああ、日本の家が恋しい。

梅干しをひとつ口に放り込んで、私はしばらく泣いた。

なんで悲しいのか、理由はよく分からない。

ただ疲れていて、

ただ気が張っていて、

ただ誰かに甘えたい。

今はただアーンアーンと泣きじゃくるからね。

ごめんね。

そんな気持ち。

それにしても、泣くって凄い!

涙が本当に出てしまうと、あとは本当にすっきりする。

泣きながらも、一体何百人の人たちが過去220年間にこの部屋で私みたいに泣いたんだろう?と思っている自分がいる。

このタイムマシンに乗っているような感覚はなんなのだろう。

人生とは、泣き笑い、である。

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お読み下さりありがとうございました。

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第3回 窓枠でバーベル上げ

古い家には危険がいっぱいだ。

でも、エジンバラの美しい街並みがこうして昔のままに残されているのは、古いものへの審美眼が人々のなかに歴然とあるから。

家が、過去につながることのできるタイムトンネルだから・・・

驚くほど低い手すり、バーベルのように重たすぎる窓枠にも文句は言えない。

私たちは、4階建ての2階に住んでいる。

ひとフロアーに一世帯のつくりなので、この建物には、私たち以外に3家族しか住んでいない。

入居した日の夕方は、週末のせいか3家族とも留守だったので、翌朝、さっそく挨拶に行った。

この国には隣三軒両隣にご挨拶にいく習慣はないかもしれない。

でも、でもね。。。

自分がもしも外国人ファミリーを迎える立場になったら。。。

と何度も想像してみた。

そこでさんざん悩んだ挙句、1軒につき7ポンドくらいを目安に、粗品を考えた。

これくらいならば受け取る側も負担にならないかな〜と思い、日本人なのだから日本らしいもの、ならばタオル!!!とも考えた。

だが、この国では誰もが日常生活のなかでハーブの香りと親しんでいるので、ラベンダーや、カモミール、カレンデュラなどの石けんの詰め合わせ箱を‘入居のごあいさつ’として持参したところ。。。。

こちらがひくくらい大喜びをして頂けた。

『日本には、ご挨拶の習慣があって。。。』と私が伝えると、

そーかそーか(ニコニコ)、よく来たね、この番地に!

と3家族とも本当に笑顔で迎えてくださった。

それにしても、ただのご挨拶のつもりが、さあさお茶でもどうぞ!となって、お邪魔させて頂き初対面だというのになんという長時間のご挨拶なのだろう〜と私は感激。

みんな、とっても良さそうな方々!

そして、全員がリタイアメントの世代だった。

半地下階(メゾネットタイプ)には四人の子持ちのトニーさんご夫妻。

お子さんは全員が既に家を離れていたが、世界ナンバーワンランキングのイギリスの大学院に4人のうち3人が通っていたり、実際に教鞭をとって教えていたりで、アカデミックなご家庭の様子。

使っていないピアノがあるから、練習したかったらいつでも弾きに来てねと娘に話しかけてくださった。

2階➕半地下みたいなメゾネットの巨大な空間で、キッチンなどは明るい庭(まるでターシャテューターの様に嫌味のない、それでいてお手入れの行き届いたイングリッシュガーデン)に大きく開口部が開かれていて、なんともモダンにリフォームされている。

しょっぱなから私はとんでもないお洒落な空間に度肝を抜かれた。

一階には、文部省で退職まで働きあげたジョンさん&アンさんご夫妻がいて、やはり4人のお子さんがいるが、こちらも全員巣立っていた。

エジンバラ市内やポルトガルにいくつもの家があるらしくて、たまにしか住んでいない様なことを話していた。

アンさんが『どうぞ早く入って!』と言うと、ジョンさんは一瞬いかめしい顔つきをしたが、私と娘がヴィクトリア調のソファーでぎこちなくしていると、奥からお孫さんのおもちゃを持ってきてくださった。

トニーさん宅よりも、あれこれと質問責めにあった。

アンさんが一番喜んだのが意外にも、私の母乳育児だった。

『私も四人をお乳で育てたものよ〜懐かしいわ〜。ああ本当に懐かしい』

とあんまりにも言ってくださるものだから、思わず長居して授乳をしてしまった。

初めての家で!!!!!

しかも外国で!!!!!

じゅにゅ〜〜〜〜〜〜〜うっ!!!!!

ありえない図、どう見ても。

でも、話が盛り上がっている最中で自然な成り行きで展開されてしまったし、これから長くお付き合いする隣人なので、母乳育児事情(待った無しのせわしなさ)を空気感で伝えられたかもしれない。

アンさん宅で眠りに落ちた娘をベビースリングに入れて、最後の隣人、階段を4階まで登る。

そう、エレベーターはもちろん、ない。

最上階(4階)から見下ろすと、お腹がキュンと痛くなるほど高くて(そりゃそうだ、ワンフロアなのに床から天井までが5メートルくらいあるのだ!)、それなのに手すりは低い(70センチほど、日本では通常90センチ)ことが、下見に来た時よりもリアリティーを持って気になってくる。

ああ、娘が今この瞬間、スリングの中で眠ってくれていて本当によかった!

今は娘の身長も1メートル程度なので、なんとか手すりの役割を果たしていても、遅かれ早かれ、おてんばな彼女が身を乗り出すたびにこの階段で私はヒヤリとさせられることになりそうだ。

築200年ともなると、子連れ一家にとっては、住んでみてあらためて気づかされることが意外とある。

たとえば、窓である。

リビングルームには大きな開口部が3つあり、それぞれの窓は床から4メートル近くある。空気を入れ替える時は、まるでバーベルを持ち上げるように、巨大な窓枠を床から上に向かって引き上げる仕組みになっている。

これが、大変な力仕事なのだ。

落下防止用の窓枠ストッパーがついているものの、相当な重さだ。

誤って子どもが床と窓枠の間に手を挟まないだろうか。

ここでもまた心配になってしまう。

子供を持つ前の私なら、『不安を引き寄せるから不安感は持たない』と天真爛漫に生きてきたスピ系が、今はこんな些細なことでなぜこんなに心配になるのだろうか。

わ〜キレイな漆喰飾り!と即決したアパートだったが、急にいろいろと不安感が押し寄せてきた。

今、バシャールに聞きたい気分だ(笑)。

『なぜ私たちはここに住むことになったのですか』と。

それは、あなたの中の神につながるためだ、なんて言われそうだ。

いつものように白昼夢に一瞬スペースアウトして、白い天使の飛び交うクーポラの天窓を見上げながらしばし佇んでいた私は、4階に住む最後の住人のドアベルをようやく鳴らした。

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お読み下さりありがとうございました。

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